★今月はタイ Phraphuttabat-tam寺副住職 Phra Takashi Mahāpungnyō、落合隆先生がご執筆なされた玉稿を掲載いたします。
戒の厳守は、上座仏教が他の仏教教団と峻別される最重要ファクターです。
「戒→定→慧」の「「戒」が崩れれば、仏教の全体が崩壊するからです。
出家僧が在家者の尊敬を集めるのは、常人にはなしがたい227の戒律を厳守し、自らの姿で手本を示しているからでもあります。
しかるに、その出家僧が破戒行為を犯してしまった場合の諸々の罰則規定の一つが「別住」です。
本稿では、通常、在家者が知り得ない「別住」がどれほど凄まじいものであるかが詳述されており、私も一読し衝撃を受けました。
タイの森林僧院で瞑想修行を再開して以来10年になりますが、リトリート期間中にこの「別住」の行に入っている比丘の姿を目撃したことがあります。
その日本人比丘はスリランカの寺で破戒し、別住の行に入ろうとしましたが、スリランカでは厳密な別住の行をする環境が整わず、戒律が重視されるタイの当寺に移住して行を満了させようとしていました。3ヶ月という長期の別住期間を自ら志願していたとも洩れ聞きました。
比丘の勤めである朝夕のチャンティングに際し、その破戒僧は清僧達との同席が許されず、ただひとり三賢堂で経を誦していました。歩行瞑想を終えクーティへの帰途、日が落ち始めた薄暮の堂には灯が点り、浮かび上がった仏像の前に座した別住の僧の後姿が鮮烈な印象を残しました。
煩悩を滅尽して解脱を完成させようと命を懸けてきた者の一人として、身が引き締まる想いで粛然と歩行の感覚にサティを入れていました……。

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【本文】
●別住の作法
パーリ語でPARIVÃSAと記されるその語句は「別住」と和訳されている。
テーラワーダ比丘としての出家儀礼を経過した者の面前に建てられた指標・世俗生活からの離別を示すパーティモッカと言われるニニ七条の戒律。
たった一度の性交渉であっても、強制還俗となるのがパーラージカ罪。
次に置かれているのが十三カ条のサンガーティセーサ罪で、その第一条から第四条までは、その行いが禁じられている出家比丘による性的行為が並んでいる。
自慰行為、痴漢行為、女性への猥褻な言動、そして性的奉仕の強要。他には男女の仲立ちをすることや僧団内部での問題行動などが列記されている。
パーラージカ罪を犯した者は直ちに僧団から追放され、再び出家することは認められないのだが、サンガーティセーサ罪は一定の謹慎期間を経れば元の比丘の立場に戻れる。この謹慎期間を「別住」といい、読んで字のごとく一般の比丘とは別れた場所を住居として修行生活を送ることになる。
九十四項もある別住の作法の中で最も象徴的なものが出家年数の放棄で、たとえば出家歴が二十年の者であっても、別住期間中は座席が末端になり、新人比丘に対しても礼拝しなければならない、というもの。
同様の作法として、托鉢の際に道端で他の寺院の比丘と出会ったら、その場所で自らき、別住にあることを告げて拝をする、といったものもある。
ただ、別住といっても食料や日用品の分配は公平に為されていて、「苦行」や「断罪」の側に極度に傾けないところは、原始仏教から伝承されている修行理念を継承しているといえる。
しかし、実際にこの別住の実践を単独の寺院で行う場合は、律に精通した長老がいて、なおかつ様々な条件がそろわないと行が完遂できない、ということがあるので、タイ国には多くの別住比丘を引き受け、常時その修行実践をさせる寺院が数か所ある。
チョンブリー県の荒涼とした土地の上の、灼熱の陽に晒された粗末な僧房群。
バンコクから3、4時間かかる場所にあるその別住寺院を見た時の印象は、そのようなものだった。
百人以上の比丘が同じ時期に別住に入る状態になると僧房が足りなくなり、野外にひとり用の蚊帳をつって、そこで寝起きすることになっても不平不満をいうことは出来ない。毎日、全員が托鉢に行くのだが、いくつかに分けた托鉢のコースには10キロほどのものもあり、体の弱い者にはかなり過酷な日々となる。
二週間に一度はある特別な日。
同一の時期の修行実践ということもあって、多人数で使われる便所は細長い専用の建物を区分けしたつくりになっていて、糞尿水を溜める汚水漕はその建物の裏側にあった。その構造は南国のこの地ならではのものになっていて、バクテリアが汚物を分解するので1メートル弱の深さでも問題はないとのこと。
特別な日、というのは、別住の比丘等がその糞尿水をバケツに組み上げ、雑木林に植えられた幼木の肥料として撒くために列をなして運ぶ日、ということ。
比丘達が列に並び、それぞれが両腕に提げたバケツに糞尿水を汲み上げてゆくその姿は刑罰を与えられた罪人のようでもあるのだが、臭い、汚いといった表情を見せたら負けということか、誰もが淡々とした様子でその作業を繰り返していた。
まだ若い、ひとりのカンボジアの青年比丘がいた。
国境を越えてタイに入り比丘修行をしている彼は、その日、汲み取り係となって比丘達のバケツに糞尿水を分け入れていたのだが、とても間に合わないということで、汚水漕の中に入り、腰のところまで汚水に漬かりながら休みなく汲み取り作業をいていた。
何度か会話もした人物なので彼に声をかけた。
「ずいぶんとやるじゃないか」
返事をする暇もないのだろう、こちらを見上げ白い歯を見せて笑い返した。
その赤銅色の顔は、日没前の豊潤な陽を反照して明るく輝いていた。 (完)

















