5月号「瞑想 山小屋だより」の執筆者から、文中で取り上げられた『大般涅槃経』(「ブッダ最後の旅」)の一節について質問された。
その回答は本欄で記すと約束したので、今回は5月号「緑!緑!緑!花!花!花!」の原稿を前提にお読みください。
私が問われた質問は、ブッダの以下の言葉についてである。
★<なぜ、ブッダは涅槃に入られる直前に、「ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹は楽しい…」と存在の世界を賛美するかのように述懐されたのか?生涯に渡って一切皆苦を説き続けられた釈尊の言葉として理解しがたい>
これは、かつて私自身が長く惑わされ、迷い、悩まされた問いそのものでもあった。のみならず、多くの日本人の仏教理解を混乱させた普遍性のあるテーマでもある。原始仏教の経験値が深まった今、改めて『大般涅槃経』のこの一節を深堀りしながら、上記の質問の回答を記すこととした。 (地橋記)
煩悩の残滓
まだ原始仏教に心が振り切れてはいなかった修行時代、私を最も悩ませたのは、残存煩悩にどう向き合うべきかという問題でした。
世間がバブル時代に狂乱していることも知らず、私は、この世を捨て行者の生活をしていました。
断食をして身を浄め、水をかぶり、サマーディに深く沈潜しているかぎり煩悩はきれいに遮断され、浄らかな、静けさに浸りきっていることができます。のみならず、誰にも会わなければ、嫌悪や怒りが立ち上がるきっかけもありません。
生活環境と、特殊なライフスタイルと、サマーディのファクターが重なると、悟ったのではないかという錯覚が起きかねないのです。
ダンマモードが維持されていれば悟った人のように感じられるが、日常モードになれば、微弱な欲や嫌悪や慢の一瞬が心を過ぎるのに気づいてしまう。煩悩が残存していて悟りなのか…という問いを無視すれば、汗臭い下着をそのまま身にまとうような気持ち悪さが残るのです。
煩悩即菩提?
煩悩が滅尽された状態を維持するために、サマーディに入りっぱなしになろうと考えたりもしましたが、そんなことは事実上あり得ません。さらに「煩悩即菩提」という大乗仏教の巧妙な理屈で、自分を納得させようと何度も試みました。
「現象世界の一切が空であり、固定的・本質的な実体がないのだから、煩悩を実体視するのも、悟りを実体視するのも誤りである。煩悩も空、菩提も空、本来ありもしない煩悩を気にかけて囚われている執着を手放せばよいのだ…」
頭で考えると言いくるめられそうになるが、どこか、クサい。これは、ブッダの修行システムでは悟ることができず、悟っていない自分をなんとか肯定しようと哲学的妄想に耽っていた学問僧がひねり出した詭弁だろう、という気がしました。人を殺すのも、助けるのも、どちらも空なのだから、淡々と殺せばよいし、無執着の心で助ければよい、というのだろうか…。悟りを開いた一休宗純が破戒僧として肉を食い、酒を飲み、遊女と戯れ、「死にとうない」と臨終時に呟いたのは「煩悩即菩提」を体現していた姿なのだろうが、手本にしようとはまったく思えませんでした。酔っぱらって禅定を維持できる人など、ただの一人も存在しません。妄想を離れた浄らかな心で遊女と情交を重ねることもあり得ないでしょう。欲望や嫌悪が浮上した一瞬の心の状態をそのまま良しとして受け容れるのは、汚れた体のままシャワーを浴びずに布団に入るようなものだと感じていました。
「…そんなわずかな煩悩の残り滓など気にしなくていいんですよ」とお寺のお坊さんに言われたこともありましたが、煩悩が微塵も感知されない状態と、一瞬の不善心所に心が翳り、汚染を感じる状態を同一視するのは嘘くさく、その欺瞞性を潔しとすることができなかったのです。
それまで拠りどころにしてきた『ヨーガ・スートラ』の梵我思想も、老子や荘子の道(タオ)も、大乗仏教の仏性や如来蔵思想も、その根本は現象世界肯定論です。存在の世界を肯定するということは、命のいとなみを支える煩悩も肯定されることになります。私の直観と思想は統合されることなく、残存煩悩を肯定してよいのか、根こそぎにすべきではないのか、と往きつ戻りつしながら、しだいに大乗仏教や梵我思想の解脱観に行き詰まっていく日々でした。
暗夜行路の灯
孤独な修行者だった当時は、大乗仏教も原始仏教もその根本は同じだろうと考えながら、中村元選集第11巻『ゴータマ・ブッダー釈尊の生涯 原始仏教1』などを拠りどころに、歴史的実在としてのブッダの教えを模索していました。1969年に上梓されたこの本は、世界でもっとも権威ある釈尊伝として評価が高く、英語圏の仏教学者や研究者に今なお参照され続けている名著です。
真実のブッダの言葉に基づいて我が身を正し、聖なる修行の完成を目指そうとしていた私にとって、中村元の仏教思想やパーリ経典翻訳はバイブルのようにかけがえのないものでした。マーカーで傍線を引きながら熟読玩味し、道を踏み外さないための闇夜の灯のような座右の書だったのです。
人の命は甘美なものだ
さまざまな宗教と修行方法を遍歴していた私にとって、イエスも荘子もラーマナ・マハルシも偉大な先達でしたが、悟りの手本として目指していたのはブッダでした。そのブッダが涅槃に入り、この世を去ろうとする直前、現象世界を賛美しているかのようにも解釈できる言葉を語っているのが今回の冒頭の質問です。
「アーナンダよ、ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹の地は楽しい。ゴータマカ霊樹の地は楽しい。七つのマンゴーの霊樹の地は楽しいアバフプッタの霊樹の地は楽しい。サーランダダの霊樹の地は楽しい。チャーパーラの霊樹の地は楽しい」(『大般涅槃経』)
さらに中村元の解説文には、こう続きます。
「…なおサンスクリット本には、釈尊の感想として、『この世界は美しいものだし、人のいのちは甘美なものだ』と記されている」(中村元選集第11巻P445)
この一節は私の目を射抜き、心の奥深く突き刺さったのです。当時は、サンスクリット経典とパーリ経典の違いもよくわからないまま、尊敬する中村元の解説を額面どおりに受け止めていました。
死に場所として生まれ故郷のルンビニーを目指していたブッダの最後の旅の途上で、この世の自然の美しさを賛美するだけでも首をかしげたくなるのに、「人の命は甘美なものだ」とはいかなることだろうか。人の命が甘く美しいものなら、その命が誕生してくる瞬間も、生命を宿すための男女のいとなみも、その愛欲の煩悩も、現象世界の一切が賛美され、肯定されることになるでしょう。
最後の最後で、人の命を賛美したのがブッダの本音なら、やはり、煩悩の滅尽を目指さなくてよいのか…という迷いが、微かな欲や嫌悪を感じた瞬間に繰りかえし去来したのです。
迷いの原点
パーリ経典には存在せず、サンスクリット本にのみ残るこの一節は、後代の付加であり、ブッダの語った言葉ではない。今ならはっきりそれがわかりますが、当時の私は、尊敬する中村元の記述に引きずられ、惑わされ続けたのです。これは私ひとりの問題ではなく、中村の訳と注釈はバブル期前後の日本で「仏教は生を肯定している」という主張の根拠として広く流通し、「ブッダですらその死に際してこの世の美しさを認めた」と多くの人が原始仏教を誤解する風潮を招いた歴史的経緯がありました。
さらに問題なのは、「人のいのちは甘美なものだ」に続けて、中村はこう解説しています。
「人が死ぬとき、この世の名残りを惜しみ、死に際していまさらながらこの世の美しさと人間の恩愛にうたれる。それが人間としての釈尊のありのままの心境であった、と昔のインドの仏教徒も考えていたのである」(同P445)
ここで中村は、「この世界は美しい」と「人のいのちは甘美だ」というサンスクリット本の記述を、仏教学者の立場から積極的に肯定し、支持しています。パーリ原典には見当たらないが、こんな記述も存在する、と提示して、読者に判断を委ねているのではありません。このような感懐を抱いたのがブッダのありのままの心境だったと示唆しているのです。
生命讃歌、煩悩肯定がブッダの真意だったのか…と、混迷は深まるばかりでした。
テキストの検証
だが、原始仏教の修行と学びを本格的に始めて歳月が流れた今、改めて中村のこの解説を精査してみると、死期の近づいたブッダが「この世の名残を惜しみ」「人間の恩愛にうたれる」などという注釈は、原文に一切根拠のない捏造と言うべき解釈であることが明らかになっています。詳しく見ていきましょう。
まず、最大の問題点は「ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹の地は楽しい…」の「楽しい」の真意は何か?です。冒頭の質問者の疑問も、この一点に絞られています。「楽しい」のパーリ語「ramaṇīyā」(ラマニーヤ)は、「心地よい」「魅力的な」「好ましい」「趣きがある」「美しい」といった意味を持ちます。英訳では「delightful、pleasant、agreeable、lovely」となり、「心身を安んじさせる」「好ましく調った」「憩いをもたらす」「楽しむべき場所」「楽しむに値する場所」というニュアンスです。
この「ramaṇīyā」という言葉は、『ダンマパダ』でも同じように使われています。
★98「村でも、林にせよ、低地にせよ、平地にせよ、聖者の住む土地は楽しい」
★99「人のいない林は楽しい。世俗の人が楽しまない森こそが、執着を離れた者たちには楽しい。彼らは快楽を求めないからである」
いずれも、喧騒から離れた「修行に適した閑静な場所」は「好ましい」「楽しい」という用法です。
「ramaṇīyā」には「美しい」という意味もありますが、それはこの文脈上適切ではありません。霊樹が屹立する自然の風光を「美しい」と賛美するのは、官能的な欲界の肯定に通じていくでしょう。しかしここは、ブッダが、官能的欲界への執着を離れたサンガの存在を讃えている場面なのです。
修行の場は整った
「ウデーナ霊樹、ゴータマカ霊樹、アバフプッタ霊樹…チャーパーラ霊樹は楽しい」と続きますが、これは樹木の好ましい趣きを讃えているのではありません。この「霊樹」とは、ウデーナ神霊やゴータマカ神霊などを祀った霊廟や祠を指します。古来から、こうした固有名詞を持つ神霊や精霊が宿る聖地が点在し、仏弟子たちも日常的に滞在し修行する場として利用していたのでした。
つまり、「アーナンダよ、ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹の地は楽しい。ゴータマカ霊樹の地も、七つのマンゴーの霊樹も、アバフプッタ霊樹も…、そしてまたチャーパーラの霊樹の地も楽しい」とブッダが讃えたのは、この地でも、あの地でも、仏弟子たちが聖なる修行に精励している。閑静な霊廟の地で、快楽を求めない仏弟子たちは出離を楽しんでいる。栄えている。ここは美しくよく整えられ、ダンマを味わうにふさわしい。まことにヴェーサーリーは楽しい、善いところだ…という意味なのです。
これを、ブッダが最後の最後に人の命の甘美さを讃え、存在の世界を肯定し、人間の恩愛に打たれた、などと解釈するのは見当違いもはなはだしい意図的な創作であると言わなければなりません。自ら悟り、生涯にわたって説き続けた教えの正反対の所感を洩らすはずがないのです。原文テキストの、いったいどこから「人間の恩愛に打たれた」などという解釈が出てくるのでしょう。パーリ原典に描かれたブッダの実像からは、あり得ないのです。
以上が強引な深読みではない、さらなる根拠を示します。
(この項つづく・以下次号)

【人の命は甘美なものだ】(前編)

大門満痴子『見失われた私 生きている実感』②
東京の瞑想会へ
東京へは新幹線で2時間余り。朝日カルチャーの瞑想の講座に気軽に通うわけにはいきません。まずは本を読みますが、…??なんか半分くらい、理解できたような、できていないような…。DVDや地橋先生の他の本も買い、you tubeも見たうえで、日曜の始発の新幹線で東京へ行き、1日合宿に参加してとんぼ返り…というのを何回か繰り返し、GWには反省会にも参加して、とんちんかんな感想を述べたりしていました。
このころのわたしは、常に「不安妄想」に苛まれていました。帰宅して、パートナーがまた酒を飲んでへらへら笑っていたらいやだなー。そのうちアルコール依存がひどくなって、入院して廃人になったりしたら、もうわたしだって仕事は今までのようにできないわ。そうしたら歳をとったらひとりだ。病気になっても、付き添って心配してくれる子供なんていないぞ。…最後はどうなるんだ?ある日孤独死か?…なんかつらい。70歳くらいになったらどうなっているんだろう。もう生きていないかも。ああ、その前に父親は最期どうなるかな。
気がついたら一日中妄想だらけでした。しかも、なかなかサティなんて入らない。やっとサティが入ってもまたすぐにもやもやと出てきます。また、「不安」「恐れている」というサティが特に入りにくいように感じました。いつも不安だったからだと思います。今思うと、安らぎの気持ちや、楽しいという感覚は、しばらく感じたことがありませんでした。常に不安で、不安な気持ちが当たり前だからか、よっぽど気を付けていないと「不安を感じている」と認識しづらいのです。
負のスパイラル
そういえば、亡き母も更年期から急に「心配するのが趣味だね」とからかわれるほど不安や心配にさいなまれていました。わたしや家族が「そんな先の心配より、今やれることをやろうよ」と言っても、本人はどうすることもできないようでした。今、自分は同じ課題に直面しているのかもしれない。
今までは、「やれることは即やる。やったあとは心配してもしょうがないから、考えない」ということで、対処してきました。しかし、自分や大切な人の病気は、来るときは来るもの。そして、死は必ず来るもの。若い時の仕事の課題などと違って、解決したり、避けたりできないものなのです。今、父の死やパートナーの病気が差し迫り、また「次は自分」という切迫感が感じられるようになって、不安は止まりませんでした。そのうちに、13年前に自宅で看取った母の最期がよみがえってくるのです。精神的に苦しんだ末、「死にたくない!」と言いながら弱っていき、最期にカッと目を見ひらいて絶命していった瞬間(単に致命的な不整脈が最期に起こった影響でしょう。そうは思っているのですが・・)。
医師になりながら、結局母の病気を治せず、良い治療にもつなげられず、最後の日々の精神的苦痛も和らげてあげることができなかったわたしは、母の死後数年間、無力感にさいなまれました。それがきっかけで、母の死後、内科の病院勤務医から訪問診療医となり、まだこの地域では体制が整っていなかった在宅での看取りや、住み慣れた地域で医療を受けながら社会生活を送るための訪問診療に取り組んできたはずなのに…結局今まで、死や病気の恐怖や不安を、自分事としてとらえられていなかったのです。そして、どこかで「もう限界」と感じていても、仕事の依頼を断ったり、仕事を縮小することができませんでした。
摂食障害
人付き合いの際に、いつも何か苦しさを感じてしまうのも悩みでした。同性愛者であり、偏見を恐れてパートナーがいることを隠すという「隠し事」を続けているからなのか、話す内容もプライベートなことはしゃべれないことが多く、人と打ち解けることがなかなかできません。地橋先生に生きづらさについて相談してみると、「自分の生きづらさというのは、たいてい小さいころや親との関係に関連があるものですよ」と教えていただきました。『?。…わたし、両親との関係は問題なかったし、両親は愛情深く育ててくれたと思うけど…』。そうは思いましたが、よく考えてみると父は5歳の時から鬱で数回入院し、そのあと10年くらいは状態が悪く、母は私が大学時代に更年期となり不安症状がひどかった…。
4つ上の兄はふと気が付くと両親と仲が悪くなっており、東京の大学に在学中、パニック障害のような症状が出ていたことがありました。わたしも、ひどくはなかったものの、大学時代から40歳くらいまで、摂食障害(いわゆる過食嘔吐)の傾向がありました。摂食障害は軽いもので、頻回に過食嘔吐が出る時期とほとんど出ない時期がありましたが、体重減少などの見た目にわかるようなひどいものではなく、恥ずかしくて隠すので誰にも知られずにその後自然に治ってしまいました。「自分だけはメンタル疾患、関係ないわ~過労死の現場を生き抜いてきたのよ~」などと調子こいてきたけれど、とても精神衛生としては環境・自分の状態ともに良いものであったとは言えません。
とりあえず、歩く瞑想と座る瞑想、慈悲の瞑想を夜寝る前に合わせて1日30分程度続けました。慈悲の瞑想は、なんか宗教臭いわ…と思ったけれど、とりあえず言われたとおりにやりました。地橋先生は、その他インストラクションとしてジェーン・フォンダや小島慶子さんの本(摂食障害や母の呪縛がキーワード)も紹介してくださいました。
1日合宿では「食べる瞑想」もしたのですが、その後、自宅で本を読む間の休憩にプリンを食べていた時でした。ちょっと疲れてイライラしていたのですが、いつもならプリンひとつで満足、おなかも結構いっぱいになった感じがするのに、その時は食べ終わってから、もうひとつ食べようかな、という気になったのです。あれ、どうして?おなかはけっこういっぱいよ?と思ったときに解りました。食べているときはプリンのなめらかな舌触りと甘くとろけるような味に、イライラ気分を忘れます。食べることに集中し、口を動かし、味わうことに夢中になって快感で満たされているからです。でも、食べ終わると「解決していないイライラ」にまた意識がもどっていって、また苛まれる。この気分を忘れたくて食べ続けていたのか…と摂食障害の仕組みに気づきました。また、若いころは太ると母には「健康管理できていない!」と言われたので、普段は食べ過ぎないように意識するのですが、時々ストレスがたまりにたまると、「ええーい、どうでもいいわ!好きに食べてやる!!」とやけくそが起こるのです。
では、イライラの原因は?今も続いている?アルコールも同じなんだよね(もっと強力な、いやな気持ちを忘れる麻酔薬)。わたしがひきづっている、生きづらさって何?どうすればいい?しかし、簡単にはわかりませんでした。カウンセラーに相談しても、本を読んでも、しょせん自分自身のことは、自分しかわからない。だけど、そのときのわたしには、今の自分の気持ちさえ、よくわからなくなっていました。あーあ、カウンセラーに「あなたの原因はこれです」といってもらえれば、いっそどんなに楽か。しかし、自分の心の中は自分で見るしかないのです。毎日根気よく、すこしずつ、ひとつずつ、という感じでした。全く見えないよ…という時期もありました。

水無月の那須スッカン沢渓谷


準備中

2026年6月号
(1)
★コロナ自粛期間中の孤独な精進がいかに難しいか、多くの方から耳にした。
「独り犀の角のように歩め」るのは、独覚タイプの少数派に限られるだろう。
孤独に強いタイプも弱いタイプも遺伝子の影響を強く受けるが、集団で生きる人類の宿命として、圧倒的多数派は孤独を寂しく辛いと感じる……。
……………………
(2)
★孤独な道をひとり行くよりも、優れた法友を得ることの重要さを、ブッダは強調した。
信頼できる人の存在は安心感の拠りどころになるが、そのかけがえのなさゆえに渇愛が生じやすい。
濃密な関係になるほど、裏切られ破綻したときの苦しみも激化する。
上座仏教の寺の人間関係は、戒律の遵守と慈悲の瞑想によって守られ、淡々とした距離感と節度が保ちやすい絶妙な構造だ……。
……………………
(3)
★真剣に瞑想する仲間の姿を見れば、瞑想のヤル気が高められる。
集団と共に生きることを選んだ人類は、「場の力」に同期し、影響され、圧倒されもする。
17年間、一日も欠かさず孤独に水をかぶって修行していたのは、自らを律していくためだった。
独り犀の角のように歩む道を選んだからには、怠惰と試行錯誤と自滅との戦いが繰り返されるのを覚悟しなければならない……。
……………………
(4)
★人と喋っていれば、テレビを点け放しにすれば、インターネットをクリックし続ければ、家族の気配が感じられれば…、意識の矢印は次々と外側に向けられ、しばし淋しさがまぎれ、自分の心と向き合わないですむのかもしれない。
人と群れるな、お喋りを止めよ、独り樹下で瞑想せよ、とブッダは繰り返し説き続けた。
仲間が何人いようとも、瞑想はただ一人の道……。
……………………
(5)
★上手くできないから練習するのだ。
孤独な修行者は、失敗から多くを学ばなければならない。
上手くいけば勝因を、ほとんどの場合は敗因を、徹底的に分析し、考察を深め、経験値を高めていく。
運の悪い者は自滅し、運の良い者は花開く。
運命とはカルマの別名であり、全ては徳があるか否かだ……。

八ヶ岳南麓の不思議でおもしろい人たち
八ヶ岳南麓を散策していると、時々不思議な家やオブジェ、不思議な人にめぐり合う。
私が散策するのはざっと1キロ圏内なのだが、車の通る道をできるだけ避けて、土や砂利の道か、林の中の獣道を歩いている。腰高の草を踏み固めながら「トトロの道」と勝手に呼んでいる獣道を歩いていくと、小さな小川に行き当たる。石の間をチョロチョロ流れている程度の水量で、川底に下りれば歩いて渡ることもできる。その川に沿って上がっていったら、不思議な光景にぶつかった。さほど大きくない家の庭に、大きなクルーザーがどーんと設置してあるのだ。きちんと手入れされていて、廃棄されたものには見えない。
山の中にはミスマッチなこの光景を見て色々思いを巡らせた。これはいったいどういうつもりでここに置かれたのだろう? 川沿いであるから、大水が出たときに乗って逃げる? 小川と見えても、ここは伏流水豊かな「水の山」といわれるところ。ひとたび大雨が降れば見違えるような濁流となる。しかし、それにクルーザー(しかも大きい!)が飲み込まれれば木っ端微塵だろう。
「ノアの方舟」だろうか? ちまた巷で噂されるような日本が沈没するような大津波が来たときに、家族全員で乗り込んで漂流するとか? ここは標高千メートルなので、さすがにそんな津波はないだろう。現実味が薄い話だが、そういうことを真剣に考える人もいるかもしれない。
または青春をクルーザーやヨットに捧げた人が、その思い出を大事に、ここに持ってきたのか? 稀ではあるが、そういう富裕層もここには住んでいる。
そうこうしているうちに、夫がその別荘のオーナーと顔なじみになり、色々と話をする仲となった。本宅は東京都内で、このクルーザーは沼津で使っていたらしい。ここに家を建てる時にはるばる運んできたという。なにせ大きなものなので、高さ制限にひっかからないよう、ルートを何度も確かめ、ゆっくりゆっくり搬送したそうだ。費用も時間も手間も大変だっただろう。しかし別荘の窓から愛するクルーザーを見るのは幸せなことらしい。なんという贅沢!
ご本人は大手建築会社の寺社仏閣の設計士さんだったそうだ。寺社仏閣とはまた興味をそそられる。今度は私がお近づきになってお話をうかがいたい。以前、寺社仏閣を修理復元する大工さんと話をする機会があったのだが、普通の住宅とは桁が違う技術を求められるらしい。今どきは寺社仏閣でも現代風の工法で建てるのかもしれないが。
さて、それで、ここにクルーザーがある理由なのだが、「加山雄三に憧れて」だそうだ。想像もしていなかった理由を聞いて、思わずがっくり肩を落としてしまった。そうか、人が何かをする理由に、そんな大仰なものは必要ないのかもしれない。単純な思い入れが毎日の幸せを運んでくるのかもしれない。もっと驚いたことに、ご本人はヨットもクルーザーも操縦しないそうなのだ。加山雄三のように外洋に出たいとかはなかったのだろうか。私より少し上の世代にとって、加山雄三の映画は憧れがいっぱい詰まった夢の世界だったと聞いている。クルーザーはその夢の世界のとば口であって、あの湘南の海の輝きや夕日の美しさ、勝ち気で美しい女性との恋や、エレキギターの興奮、そんなものが自然に思い浮かんで幸せな気分になれるのかもしれない。
それにしても、瞑想修行者として考えてみると、「加山雄三」への憧れとは、妄想にすぎない訳でそこに幸せを感じるのはいかにも空しい。ご本人がどの程度その妄想に幸福感を委ねているかは分かりかねるけれど、もはや「加山雄三」も老いてスクリーンに留めた姿はどこにもないのだ。
そしてもうひとつ、山の中のクルーザーを見て私自身がどれほど妄想を逞しくしたことか。蓋を開けてみれば全く的外れだったわけで、かくの如く事実は歪められて認識される。そういう実証のようであった。「ものごとをありのままに観る」とはなかなかに難しいとあらためて思ったことだった。

アユタヤ仏@タイ

アユタヤ仏@タイ

【初学者でもよくわかる二十四縁起】第7回 モートゥ(マンダレー在住)著
🌄要約①
★この文章は、仏教の因縁論における「無間縁」と「等無間縁」を説明したものです。両者は心の働きが連続して生じる仕組みを示していますが、意味の違いはごくわずかです。注釈によれば、聞き手が理解しやすいように二つに分けて説かれたとされています。
無間縁とは、前の心が消滅したことによって、必ず次の心が生じる条件となることです。心は一つの実体として続いているのではなく、一瞬ごとに生じては滅し、その直後に次の心が生じています。
例えば何かを見たときには、まず対象を見て知る心が生じ、次に対象を受け止める心、調べる心、判断する心、反応する心というように、一連の心が順番に現れます。
前の心が消えなければ次の心は生じることができません。この関係を無間縁と呼びます。満杯のコップに新しい水を入れるためには古い水を捨てなければならないのと同じです。
一方、等無間縁とは、前の心と次の心の間にまったく隙間がなく連続している性質を指します。見て知る心が滅した直後に対象を受け止める心が生じ、その二つの間には空白がありません。心の流れはあまりにも速いため、私たちは一つの心が持続しているように感じますが、実際には無数の心が連続して生滅しています。この「間断のなさ」が等無間縁です。
文中では来客の例も用いられています。まず人影を認識し、次にその人物が誰かを調べ、家に入れるか判断し、最後に会話を始めるというように、一つの働きが終わることで次の働きが生じます。心の働きも同様に連鎖しています。
さらに、生と死の関係も例として示されています。死の心が生じなければ新たな生命の始まりは起こりません。死が次の生の条件となる点が無間縁であり、死と新たな生の間に空白がなく連続する点が等無間縁です。
このような連続的な心の働きは、種子が芽吹き季節が巡るのと同じく自然の法則であり、誰かが作り出しているものではありません。前の心が消えると次の心が生じるという因果の流れによって、私たちは一つの人生を生きているように感じています。
最後に著者は、この法則を理解した上で常に気づきを保ち、善い心を育てるよう勧めています。そして洞察瞑想によって心身の無常を見抜き、再び新たな生が生じない究極の安らぎを目指すことが仏教修行の目的であると説いています。
▲▲▲▲▲
🌄要約②
★この文章は、仏教アビダンマにおける「無間縁」と「等無間縁」という二つの縁起の型を、心の生滅の連続という観点から平易に説明したものです。両者の意味の差はごくわずかであり、主として聞き手の理解を助けるために区別されて説かれたとされています。
●無間縁の基本的意味
無間縁とは、前の心が滅したことによって、それに続く次の心が必ず生起できるようになるという条件関係を指します。
心は一つの同一な実体として持続しているのではなく、瞬間ごとに生じては消え、その直後に次の瞬間の心が生じ続けていると説かれます。
何かを「見る」体験の背後では、見る心、受け止める心、調べる心、決定する心、対象を味わい反応する心など、性質の異なる心が一定の順序で現れては滅しています。
前の心がなお存続しているあいだは次の心は起こりえないため、「前の心の滅」が「次の心の生起」の条件となる、この関係が無間縁と説明されます。コップの水を入れ替えるには、古い水を捨てて空間をつくる必要があるという譬えが用いられています。
●心のプロセスの具体例
見る心の系列として、まず対象を見て知る心があり、その滅失と同時に対象を受け止める心が生じ、さらにそれが滅すると対象を吟味・推度する心、次いで対象を確定する心が生じると説明されます。
確定の後には、対象に対して善悪などをもって強く反応し「味わう」速行の心が高速で続き、その後に対象を保ち、やがて基底状態に戻る心が順次生じては滅していきます。これらはすべて、ある一つの心が滅することによって次の心が条件づけられ、途切れなく相続していく心の法則として提示されています。
●等無間縁の意味
等無間縁は、こうした連続の中で、前の心と次の心の間にいかなる空白もなく、ぴったりと連続して生じるという側面を強調した概念です。
見て知る心が滅した直後に、その対象を受け止める心がただちに続き、その二つの間には間隙がないと説明されます。
連続する二つの心がまるで一体のように感じられるほどに速く連鎖しているため、私たちは「一つの同じ心が続いている」と錯覚するが、実際には無数の心が等無間縁にもとづいて生滅を繰り返していると説かれます。
●生死における二つの縁
文章は心の一瞬の流れだけでなく、生と死の関係にも無間縁・等無間縁を適用します。
死ぬとは死の心が生じて滅することであり、新たな生の始まりとは結生の心が生じることだと説明されます。
現在の生において死の心がまだ生じていないあいだは、新たな生の結生心は決して生じません。
死の心の生滅が次の生の結生心を可能にするという点で無間縁であり、死と次の生が時間的な空白なく連続して起こるという点で等無間縁と説明されます。
このように、一つの生涯の終わりと次の生涯の始まりも、心の相続という法則の中で理解されています。
●自然法則としての心の相続
心の連続は、種子が芽吹き、季節が巡るといった自然現象と同様に、一定の法則にしたがうものとされています。
種子には種子の法則、季節には季節の法則があるように、心と心所にも「この心が滅したなら、次にこの心が生じる」という固有の法則性があり、それが心の相続を成り立たせています。
それは誰かが創造したものではなく、心という名法そのものに備わった働きであり、その特別な力によって、私たちは一つの連続した人生を生きているかのように感じていると説かれます。
●修行への勧め
最後に著者は、この無間縁・等無間縁の理解を実践と結びつけます。
今生の死の心に続いてどのような結生心が起こるかは、ふだんどのような心を培って生きるかに深く関わるため、日常生活において気づきを絶やさず、善い心を育てよと勧めます。
さらに、洞察瞑想によって心身の無常・無我・苦を見抜き、二度と新たな結生が起こらない境地、すなわち一切の苦しみから離れた究極の寂静を目指すことが仏教修行の究極の目的であると結び、読者に真剣な実践への決意を促しています。
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💎本文
【初学者でもよくわかる二十四縁起】第7回 モートゥ(マンダレー在住)著 影山幸雄訳
4)アナンタラパッチャヨー(無間縁)
5)サマナンタラパッチャヨー(等無間縁)
アナンタラパッチャヨー(無間縁):前のチッタ(心)が消え去ったら、例外なく次のチッタ(心)が生じるように作用する法
サマナンタラパッチャヨー(等無間縁):前のチッタ(が)消え去ると間断なく次のチッタ(心)が生じるように作用する法
●パタマシュエチン大セヤードーのコメント
アナンタラパッチャヨー(無間縁)とサマナンタラパッチャヨー(等無間縁)については一つの章にまとめて説明する方がより分かりやすいと思いますのでそうします。
アナンタラパッチャヨー(無間縁)とサマナンタラパッチャヨー(等無間縁)の深い意味については大きく異なるところはありません。この法を聞いている神々の心の状況に合わせてアナンタラパッチャヨー(無間縁)とサマナンタラパッチャヨー(等無間縁)を分けて説明した方が理解しやすいだろうという配慮から二つに分けて説いたとパタマシュエチン大セヤードーがコメントを書かれています。
この二つはアビダンマ(論蔵)についての基本的な知識がないと理解するのは難しいです。初心者の皆さんが理解できるように頑張って説明します。集中して最後まで読んで下さい。そうすれば理解できるだろうと思います。
●アナンタラパッチャヨー(無間縁)というのは
アナンタラパッチャヨー(無間縁)は前のチッタ(心)が消え去ったら、例外なく次のチッタ(心)が生じるように作用する法とされています。
アナンタラパッチャヨー(無間縁)の意味が分かりやすくなるように例をあげて説明します。まずは難しい例えを説明します。それが終わったあとに簡単な例を用いてもう一度説明します。ですから、最初の例を読んで理解できなくても、読むのを止めないで最後まで続けて読んで下さい。最後まで続けて読めば分かると思います。
●チャックヴィンニャーナ(眼識)と言うチッタ(心)が生じる様子
チャックパサーダ(眼浄色)と呼ばれる眼が良好で、眼で見ることができる形と言うアーランマナ(対象)もあり、その形と言うアーランマナ(対象)が見えるようにする光も十分にあり、「これは何だ」と注意を向け、黄色だ、赤だ、お坊さんだ、人間だ、交通事故だ、など形と言う対象を見るチッタ(心)が生じます。文献にはチャックヴィンニャーナ(眼識)と言うチッタ(心)と書かれています。チャックヴィンニャーナ(眼識)と言うチッタ(心)とは対象を見て知る心のことです。映画に出て来る妖怪や幽霊(ミャンマー語でウィーニンと表現されています)のことではありません。ヴィンニャーナ(識)はパーリ語由来の言葉です。チャックヴィンニャーナ(眼識)はアーランマナ(対象)を目で見て知ることができる性質を指しています。
●サンパティッチャナチッタ(対象を受け止める心:領受心)
ルーパーランマナ(形と言う対象)と、チャックパサーダ(眼浄色)と呼ばれる眼が出会うと、見て知るチッタ(心)、チャックヴィンニャーナ(眼識)が生じます。見て知るチッタ(心)であるチャックヴィンニャーナ(眼識)は生じるとすぐに消え去ります。見て知るチッタ(心)チャックヴィンニャーナ(眼識)が消え去ると同時に、ルーパーランマナ(形と言う対象)を受け止めるチッタ(心)であるサンパティッチャナチッタ(領受心)が生じます。
●サンティーラナチッタ(対象を調べる心:推度心)
対象を受け止める心であるサンパティッチャナチッタ(領受心)が消え去ると同時に、サンティーラナチッタ(対象を調べる心、推度心)が生じます。
●ヴォッタッババナチッタ(対象を決定する心:確定心)
対象を受け止める心であるサンパティッチャナチッタ(領受心)が消え去ると同時にヴォッタッパナチッタ(対象を決定する心:確定心)が生じます。
●ジャヴァナチッタ(対象を味わう心:速行心)
ヴォッタッバナチッタ(対象を決定する心:確定心)もまた消え去ります。ヴォッタッバナチッタ(対象を決定する心:確定心)が消え去ると同時に、猛スピードでアーランマナ(対象)を味わう心、ジャヴァナチッタ(速行心)が生じます。
対象を味わうジャヴァナチッタ(速行心)が消え去ると同時にタダーランマナ(被所縁)というチッタ(心)、そしてバヴァンガチッタ(有分心)が一つずつ連続して生じます。これがチッタニヤーマ(心の法則、因果律)です。誰であってもチッタ(心)はこの法則に従って生じます。人間であれ、動物であれチッタ(心)はこのように生じます。異なるのは善か悪かだけです。
●ニヤーマ(法則)
木は誰かが超能力で作り出したものではありません。天候に従って実をつけます。時期が来たら実をつけます。花が咲く時期になったら花が咲きます。葉が落ちる時期になったら葉を落とします。このような法則をビージャニヤーマ(種子の法則)と呼びます。雨季が終わると乾期が、乾期が終わると暑季がやってきます。これはウトゥニヤーマ(季節の法則)です。チッタ(心)、チェータスィカ(心所:心と同時に生じ、心と同じ対象を取り、心を修飾し、心と同時に滅する名法)などの名法も、このチッタ(心)が滅したらこのチッタ(心が)生じなければならないという性質、チッタニヤーマ(心の法則)に基づいて、それぞれが役目を果たし、それを繰り返します。誰かが作り出したものではありません。チッタ(心)の性質に従って生滅を繰り返します。チッタニヤーマ(心の法則)と言うのはこのような性質を示しています。
●見て知るチッタ(心)が滅しなければ
見て知るチッタ(心)が生じます。この見て知るチッタ(心)が消え去らないと、形と言う対象を受けとめる新たなチッタ(心)、サンパティッチャナチッタ(対象を受け止める心:領受心)が生じることができません。ですから、見て知るチッタ(心)が滅することは、形と言う対象を受け止めるサンパティッチャナチッタ(領受心)が生じるための原因となります。サンパティッチャナチッタ(領受心)が生じるように援助します。アナンタラパッチャヨー(無間縁)はこのような性質のことです。これがアナンタラパッチャヨー(無間縁)の意味です。
コップの中に水が満杯に入っているとします。既に入っているこの古い水を捨てなければ新しい水を入れることはできません。チッタ(心)が生じて滅し新たなチッタ(心)が生じるのもこの性質によるものです。
●一つが終わることで次の一つが生じる
玄関を叩く音がしたので扉を開けてみます。人が一人(形と言う対象)見えます。人が一人いるだけだ、とチッタ(心)の中で受け入れます。次いで、悪人なのか、善人なのか、見知らぬ他人なのか、親しくしている知人なのか調べます。何の用ですかと尋ね、家に招き入れるべきか、入れないでおくべきか決めます。決めたら、「どうぞ、こちらへ」「中にお入りください」と家に招き入れることを認めます。家の中に招き入れておしゃべりを始めます。
このように一つのチッタ(心)が消えると次のチッタ(心)が続けて生じ、それが繰り返されます。チッタ(心)が一つ滅すると、続けて次のチッタ(心)が生じそれが繰り返されるこの過程は極めて速いので普通の人間にはそれが分かりません。たくさんのチッタ(心)が生じては滅しているのに、チッタ(心)が一つだけで存在していると考えます。お釈迦様の説法のおかげで私たちはそれを正しく知ることができます。
●サマナンタラパッチャヨー(等無間縁)の性質
「見て知るチッタ(心)」が生じます。「見て知るチッタ(心)」が生じて滅したらその後すぐに「形という対象を受けとめるチッタ(心)」が生じます。「見て知るチッタ(心)」が生じて滅し、次いで「形と言う対象を受けとめるチッタ(心)」が生じて滅し、二つのチッタ(心)が連続して生じます。「見て知るチッタ(心)」と、新たに生じる「形と言う対象を受けとめるチッタ(心)」の間には隙間がありません。離れていません。このような性質をサマナンタラパッチャヨー(等無間縁)と呼びます。
滅したチッタ(心)と新たに生じるチッタ(心)の間には隙間が無く、二つのチッタ(心)が連続して生じ、一体となる状態をサマナンタラパッチャヨー(等無間縁)と呼びます。
これは少し分かりにくくて、難しいです。もう少し簡単に説明します。
●死と、新たな生涯の始まり
死ぬことをチュティチッタ(死心)が生じたと表現します。新たな生涯が生じること、母胎が妊娠することをパティサンディ(結生)すると言います。
ある人が今生で死を迎え、チュティチッタ(死心)が生じます。そして新たな生涯が始まりパティサンディチッタ(結生心)が生じます。今生でまだ死んでいないのに、チュティチッタ(死心)が生じていないのに、新しい生涯が生じることはありません。パティサンディチッタ(結生心)が生じることはありません。死んだからこそ新しい生涯が生じます。チュティチッタ(死心)が生じるからパティサンディチッタ(結生心)が生じることができます。このように死ぬことが原因となって新たな生涯が生じます。チュティチッタ(死心)が生じたことが原因となってパティサンディチッタ(結生心)が生じます。この性質をアナンタラパッチャヨー(無間縁)と呼びます。
死んだらすぐに新たな生存が始まります。死と新たな生存の始まりが連続して生じ、一つにまとまっています。死と新たな生存の始まりの間には間隙はありません。このように死と新たな生存の始まりが連続して生じ、一つにまとまっている状態をサマナンタラパッチャヨー(等無間縁)と呼びます。
●アナンタラパッチャヨー(無間縁)とサマナンタラパッチャヨー(等無間縁)
前のチッタ(心)が滅したことにより、次のチッタ(心)が生じることができるようになることをアナンタラパッチャヨー(無間縁)と呼びます。滅した前のチッタ(心)と、その後に新たに生じたチッタ(心)が連続して生じ、一つにまとまっている状態をサマナンタラパッチャヨー(等無間縁)と呼びます。
パーリ聖典の発趣論(二十四因縁の教え)は、このような性質を詳細かつ広範にお釈迦様が説かれたものです。ここでは初学者を対象に説明しているのでこのくらいが適切と思います。
お釈迦様がパッターナ(発趣論)の中で説かれた二十四因縁のアナンタラパッチャヨー(無間縁)に基づき、前のチッタ(心)が滅すると、新たに次のチッタ(心)が生じます。サマナンタラパッチャヨー(等無間縁)に基づき、滅した前のチッタ(心)と新たに生じた次のチッタ(心)が連続して生じ、一つにまとまるくらいまで連鎖します。私たちがそれを知ることができるのはお釈迦様のおかげです。
●名法(心と心所)が持つ特別な力
名色(心と身体)が強固で安定するように、前のチッタ(心)が滅すると直ちに次のチッタ(心)が生じて留まります。消え去った前のチッタ(心)と次のチッタ(心)が一つのチッタ(心)であるかのように感じられます。このような名法(心と心所)の特別な力により、一つの生涯を生きることができるのです。その特別な力がなければ生涯を送ることはできません。
●念を絶やさず暮らしてください
今生でチュティチッタ(死心)が生じて死を迎えるとパティサンディチッタ(結生心)が生じ新たな生涯が生じるのが定めです。今生で死を迎えるとしたら、次はより善い生涯になるように努力し、念を絶やさず暮らすようにしてください。心を込めて暮らすようにしてください。今生でチュティチッタ(死心)が生じ、次いでパティサンディチッタ(結生心)が生じる際には、善い生存世界にパティサンディチッタ(結生心)が生じるように努力し心を込めて念じてください。
新たな生涯が生じなくなれば、あらゆる苦しみから離れた寂静に達します。新たな生存が生じることなくあらゆる苦しみから離れた寂静に達するように私たちはヴィパッサナー瞑想に励み努力することができます。このように、心を込めて念じる必要があります。今生でチュティチッタ(死心)が生じて死を迎ええもパティサンディチッタ(結生心)が再び生じないようにヴィパッサナー瞑想に励み努力し心を込めて念じなければなりません。







