5月号「瞑想 山小屋だより」の執筆者から、文中で取り上げられた『大般涅槃経』(「ブッダ最後の旅」)の一節について質問された。
その回答は本欄で記すと約束したので、今回は5月号「緑!緑!緑!花!花!花!」の原稿を前提にお読みください。
私が問われた質問は、ブッダの以下の言葉についてである。
★<なぜ、ブッダは涅槃に入られる直前に、「ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹は楽しい…」と存在の世界を賛美するかのように述懐されたのか?生涯に渡って一切皆苦を説き続けられた釈尊の言葉として理解しがたい>
これは、かつて私自身が長く惑わされ、迷い、悩まされた問いそのものでもあった。のみならず、多くの日本人の仏教理解を混乱させた普遍性のあるテーマでもある。原始仏教の経験値が深まった今、改めて『大般涅槃経』のこの一節を深堀りしながら、上記の質問の回答を記すこととした。 (地橋記)
煩悩の残滓
まだ原始仏教に心が振り切れてはいなかった修行時代、私を最も悩ませたのは、残存煩悩にどう向き合うべきかという問題でした。
世間がバブル時代に狂乱していることも知らず、私は、この世を捨て行者の生活をしていました。
断食をして身を浄め、水をかぶり、サマーディに深く沈潜しているかぎり煩悩はきれいに遮断され、浄らかな、静けさに浸りきっていることができます。のみならず、誰にも会わなければ、嫌悪や怒りが立ち上がるきっかけもありません。
生活環境と、特殊なライフスタイルと、サマーディのファクターが重なると、悟ったのではないかという錯覚が起きかねないのです。
ダンマモードが維持されていれば悟った人のように感じられるが、日常モードになれば、微弱な欲や嫌悪や慢の一瞬が心を過ぎるのに気づいてしまう。煩悩が残存していて悟りなのか…という問いを無視すれば、汗臭い下着をそのまま身にまとうような気持ち悪さが残るのです。
煩悩即菩提?
煩悩が滅尽された状態を維持するために、サマーディに入りっぱなしになろうと考えたりもしましたが、そんなことは事実上あり得ません。さらに「煩悩即菩提」という大乗仏教の巧妙な理屈で、自分を納得させようと何度も試みました。
「現象世界の一切が空であり、固定的・本質的な実体がないのだから、煩悩を実体視するのも、悟りを実体視するのも誤りである。煩悩も空、菩提も空、本来ありもしない煩悩を気にかけて囚われている執着を手放せばよいのだ…」
頭で考えると言いくるめられそうになるが、どこか、クサい。これは、ブッダの修行システムでは悟ることができず、悟っていない自分をなんとか肯定しようと哲学的妄想に耽っていた学問僧がひねり出した詭弁だろう、という気がしました。人を殺すのも、助けるのも、どちらも空なのだから、淡々と殺せばよいし、無執着の心で助ければよい、というのだろうか…。悟りを開いた一休宗純が破戒僧として肉を食い、酒を飲み、遊女と戯れ、「死にとうない」と臨終時に呟いたのは「煩悩即菩提」を体現していた姿なのだろうが、手本にしようとはまったく思えませんでした。酔っぱらって禅定を維持できる人など、ただの一人も存在しません。妄想を離れた浄らかな心で遊女と情交を重ねることもあり得ないでしょう。欲望や嫌悪が浮上した一瞬の心の状態をそのまま良しとして受け容れるのは、汚れた体のままシャワーを浴びずに布団に入るようなものだと感じていました。
「…そんなわずかな煩悩の残り滓など気にしなくていいんですよ」とお寺のお坊さんに言われたこともありましたが、煩悩が微塵も感知されない状態と、一瞬の不善心所に心が翳り、汚染を感じる状態を同一視するのは嘘くさく、その欺瞞性を潔しとすることができなかったのです。
それまで拠りどころにしてきた『ヨーガ・スートラ』の梵我思想も、老子や荘子の道(タオ)も、大乗仏教の仏性や如来蔵思想も、その根本は現象世界肯定論です。存在の世界を肯定するということは、命のいとなみを支える煩悩も肯定されることになります。私の直観と思想は統合されることなく、残存煩悩を肯定してよいのか、根こそぎにすべきではないのか、と往きつ戻りつしながら、しだいに大乗仏教や梵我思想の解脱観に行き詰まっていく日々でした。
暗夜行路の灯
孤独な修行者だった当時は、大乗仏教も原始仏教もその根本は同じだろうと考えながら、中村元選集第11巻『ゴータマ・ブッダー釈尊の生涯 原始仏教1』などを拠りどころに、歴史的実在としてのブッダの教えを模索していました。1969年に上梓されたこの本は、世界でもっとも権威ある釈尊伝として評価が高く、英語圏の仏教学者や研究者に今なお参照され続けている名著です。
真実のブッダの言葉に基づいて我が身を正し、聖なる修行の完成を目指そうとしていた私にとって、中村元の仏教思想やパーリ経典翻訳はバイブルのようにかけがえのないものでした。マーカーで傍線を引きながら熟読玩味し、道を踏み外さないための闇夜の灯のような座右の書だったのです。
人の命は甘美なものだ
さまざまな宗教と修行方法を遍歴していた私にとって、イエスも荘子もラーマナ・マハルシも偉大な先達でしたが、悟りの手本として目指していたのはブッダでした。そのブッダが涅槃に入り、この世を去ろうとする直前、現象世界を賛美しているかのようにも解釈できる言葉を語っているのが今回の冒頭の質問です。
「アーナンダよ、ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹の地は楽しい。ゴータマカ霊樹の地は楽しい。七つのマンゴーの霊樹の地は楽しいアバフプッタの霊樹の地は楽しい。サーランダダの霊樹の地は楽しい。チャーパーラの霊樹の地は楽しい」(『大般涅槃経』)
さらに中村元の解説文には、こう続きます。
「…なおサンスクリット本には、釈尊の感想として、『この世界は美しいものだし、人のいのちは甘美なものだ』と記されている」(中村元選集第11巻P445)
この一節は私の目を射抜き、心の奥深く突き刺さったのです。当時は、サンスクリット経典とパーリ経典の違いもよくわからないまま、尊敬する中村元の解説を額面どおりに受け止めていました。
死に場所として生まれ故郷のルンビニーを目指していたブッダの最後の旅の途上で、この世の自然の美しさを賛美するだけでも首をかしげたくなるのに、「人の命は甘美なものだ」とはいかなることだろうか。人の命が甘く美しいものなら、その命が誕生してくる瞬間も、生命を宿すための男女のいとなみも、その愛欲の煩悩も、現象世界の一切が賛美され、肯定されることになるでしょう。
最後の最後で、人の命を賛美したのがブッダの本音なら、やはり、煩悩の滅尽を目指さなくてよいのか…という迷いが、微かな欲や嫌悪を感じた瞬間に繰りかえし去来したのです。
迷いの原点
パーリ経典には存在せず、サンスクリット本にのみ残るこの一節は、後代の付加であり、ブッダの語った言葉ではない。今ならはっきりそれがわかりますが、当時の私は、尊敬する中村元の記述に引きずられ、惑わされ続けたのです。これは私ひとりの問題ではなく、中村の訳と注釈はバブル期前後の日本で「仏教は生を肯定している」という主張の根拠として広く流通し、「ブッダですらその死に際してこの世の美しさを認めた」と多くの人が原始仏教を誤解する風潮を招いた歴史的経緯がありました。
さらに問題なのは、「人のいのちは甘美なものだ」に続けて、中村はこう解説しています。
「人が死ぬとき、この世の名残りを惜しみ、死に際していまさらながらこの世の美しさと人間の恩愛にうたれる。それが人間としての釈尊のありのままの心境であった、と昔のインドの仏教徒も考えていたのである」(同P445)
ここで中村は、「この世界は美しい」と「人のいのちは甘美だ」というサンスクリット本の記述を、仏教学者の立場から積極的に肯定し、支持しています。パーリ原典には見当たらないが、こんな記述も存在する、と提示して、読者に判断を委ねているのではありません。このような感懐を抱いたのがブッダのありのままの心境だったと示唆しているのです。
生命讃歌、煩悩肯定がブッダの真意だったのか…と、混迷は深まるばかりでした。
テキストの検証
だが、原始仏教の修行と学びを本格的に始めて歳月が流れた今、改めて中村のこの解説を精査してみると、死期の近づいたブッダが「この世の名残を惜しみ」「人間の恩愛にうたれる」などという注釈は、原文に一切根拠のない捏造と言うべき解釈であることが明らかになっています。詳しく見ていきましょう。
まず、最大の問題点は「ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹の地は楽しい…」の「楽しい」の真意は何か?です。冒頭の質問者の疑問も、この一点に絞られています。「楽しい」のパーリ語「ramaṇīyā」(ラマニーヤ)は、「心地よい」「魅力的な」「好ましい」「趣きがある」「美しい」といった意味を持ちます。英訳では「delightful、pleasant、agreeable、lovely」となり、「心身を安んじさせる」「好ましく調った」「憩いをもたらす」「楽しむべき場所」「楽しむに値する場所」というニュアンスです。
この「ramaṇīyā」という言葉は、『ダンマパダ』でも同じように使われています。
★98「村でも、林にせよ、低地にせよ、平地にせよ、聖者の住む土地は楽しい」
★99「人のいない林は楽しい。世俗の人が楽しまない森こそが、執着を離れた者たちには楽しい。彼らは快楽を求めないからである」
いずれも、喧騒から離れた「修行に適した閑静な場所」は「好ましい」「楽しい」という用法です。
「ramaṇīyā」には「美しい」という意味もありますが、それはこの文脈上適切ではありません。霊樹が屹立する自然の風光を「美しい」と賛美するのは、官能的な欲界の肯定に通じていくでしょう。しかしここは、ブッダが、官能的欲界への執着を離れたサンガの存在を讃えている場面なのです。
修行の場は整った
「ウデーナ霊樹、ゴータマカ霊樹、アバフプッタ霊樹…チャーパーラ霊樹は楽しい」と続きますが、これは樹木の好ましい趣きを讃えているのではありません。この「霊樹」とは、ウデーナ神霊やゴータマカ神霊などを祀った霊廟や祠を指します。古来から、こうした固有名詞を持つ神霊や精霊が宿る聖地が点在し、仏弟子たちも日常的に滞在し修行する場として利用していたのでした。
つまり、「アーナンダよ、ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹の地は楽しい。ゴータマカ霊樹の地も、七つのマンゴーの霊樹も、アバフプッタ霊樹も…、そしてまたチャーパーラの霊樹の地も楽しい」とブッダが讃えたのは、この地でも、あの地でも、仏弟子たちが聖なる修行に精励している。閑静な霊廟の地で、快楽を求めない仏弟子たちは出離を楽しんでいる。栄えている。ここは美しくよく整えられ、ダンマを味わうにふさわしい。まことにヴェーサーリーは楽しい、善いところだ…という意味なのです。
これを、ブッダが最後の最後に人の命の甘美さを讃え、存在の世界を肯定し、人間の恩愛に打たれた、などと解釈するのは見当違いもはなはだしい意図的な創作であると言わなければなりません。自ら悟り、生涯にわたって説き続けた教えの正反対の所感を洩らすはずがないのです。原文テキストの、いったいどこから「人間の恩愛に打たれた」などという解釈が出てくるのでしょう。パーリ原典に描かれたブッダの実像からは、あり得ないのです。
以上が強引な深読みではない、さらなる根拠を示します。
(この項つづく・以下次号)
巻頭ダンマトーク