東京の瞑想会へ
東京へは新幹線で2時間余り。朝日カルチャーの瞑想の講座に気軽に通うわけにはいきません。まずは本を読みますが、…??なんか半分くらい、理解できたような、できていないような…。DVDや地橋先生の他の本も買い、you tubeも見たうえで、日曜の始発の新幹線で東京へ行き、1日合宿に参加してとんぼ返り…というのを何回か繰り返し、GWには反省会にも参加して、とんちんかんな感想を述べたりしていました。
このころのわたしは、常に「不安妄想」に苛まれていました。帰宅して、パートナーがまた酒を飲んでへらへら笑っていたらいやだなー。そのうちアルコール依存がひどくなって、入院して廃人になったりしたら、もうわたしだって仕事は今までのようにできないわ。そうしたら歳をとったらひとりだ。病気になっても、付き添って心配してくれる子供なんていないぞ。…最後はどうなるんだ?ある日孤独死か?…なんかつらい。70歳くらいになったらどうなっているんだろう。もう生きていないかも。ああ、その前に父親は最期どうなるかな。
気がついたら一日中妄想だらけでした。しかも、なかなかサティなんて入らない。やっとサティが入ってもまたすぐにもやもやと出てきます。また、「不安」「恐れている」というサティが特に入りにくいように感じました。いつも不安だったからだと思います。今思うと、安らぎの気持ちや、楽しいという感覚は、しばらく感じたことがありませんでした。常に不安で、不安な気持ちが当たり前だからか、よっぽど気を付けていないと「不安を感じている」と認識しづらいのです。
負のスパイラル
そういえば、亡き母も更年期から急に「心配するのが趣味だね」とからかわれるほど不安や心配にさいなまれていました。わたしや家族が「そんな先の心配より、今やれることをやろうよ」と言っても、本人はどうすることもできないようでした。今、自分は同じ課題に直面しているのかもしれない。
今までは、「やれることは即やる。やったあとは心配してもしょうがないから、考えない」ということで、対処してきました。しかし、自分や大切な人の病気は、来るときは来るもの。そして、死は必ず来るもの。若い時の仕事の課題などと違って、解決したり、避けたりできないものなのです。今、父の死やパートナーの病気が差し迫り、また「次は自分」という切迫感が感じられるようになって、不安は止まりませんでした。そのうちに、13年前に自宅で看取った母の最期がよみがえってくるのです。精神的に苦しんだ末、「死にたくない!」と言いながら弱っていき、最期にカッと目を見ひらいて絶命していった瞬間(単に致命的な不整脈が最期に起こった影響でしょう。そうは思っているのですが・・)。
医師になりながら、結局母の病気を治せず、良い治療にもつなげられず、最後の日々の精神的苦痛も和らげてあげることができなかったわたしは、母の死後数年間、無力感にさいなまれました。それがきっかけで、母の死後、内科の病院勤務医から訪問診療医となり、まだこの地域では体制が整っていなかった在宅での看取りや、住み慣れた地域で医療を受けながら社会生活を送るための訪問診療に取り組んできたはずなのに…結局今まで、死や病気の恐怖や不安を、自分事としてとらえられていなかったのです。そして、どこかで「もう限界」と感じていても、仕事の依頼を断ったり、仕事を縮小することができませんでした。
摂食障害
人付き合いの際に、いつも何か苦しさを感じてしまうのも悩みでした。同性愛者であり、偏見を恐れてパートナーがいることを隠すという「隠し事」を続けているからなのか、話す内容もプライベートなことはしゃべれないことが多く、人と打ち解けることがなかなかできません。地橋先生に生きづらさについて相談してみると、「自分の生きづらさというのは、たいてい小さいころや親との関係に関連があるものですよ」と教えていただきました。『?。…わたし、両親との関係は問題なかったし、両親は愛情深く育ててくれたと思うけど…』。そうは思いましたが、よく考えてみると父は5歳の時から鬱で数回入院し、そのあと10年くらいは状態が悪く、母は私が大学時代に更年期となり不安症状がひどかった…。
4つ上の兄はふと気が付くと両親と仲が悪くなっており、東京の大学に在学中、パニック障害のような症状が出ていたことがありました。わたしも、ひどくはなかったものの、大学時代から40歳くらいまで、摂食障害(いわゆる過食嘔吐)の傾向がありました。摂食障害は軽いもので、頻回に過食嘔吐が出る時期とほとんど出ない時期がありましたが、体重減少などの見た目にわかるようなひどいものではなく、恥ずかしくて隠すので誰にも知られずにその後自然に治ってしまいました。「自分だけはメンタル疾患、関係ないわ~過労死の現場を生き抜いてきたのよ~」などと調子こいてきたけれど、とても精神衛生としては環境・自分の状態ともに良いものであったとは言えません。
とりあえず、歩く瞑想と座る瞑想、慈悲の瞑想を夜寝る前に合わせて1日30分程度続けました。慈悲の瞑想は、なんか宗教臭いわ…と思ったけれど、とりあえず言われたとおりにやりました。地橋先生は、その他インストラクションとしてジェーン・フォンダや小島慶子さんの本(摂食障害や母の呪縛がキーワード)も紹介してくださいました。
1日合宿では「食べる瞑想」もしたのですが、その後、自宅で本を読む間の休憩にプリンを食べていた時でした。ちょっと疲れてイライラしていたのですが、いつもならプリンひとつで満足、おなかも結構いっぱいになった感じがするのに、その時は食べ終わってから、もうひとつ食べようかな、という気になったのです。あれ、どうして?おなかはけっこういっぱいよ?と思ったときに解りました。食べているときはプリンのなめらかな舌触りと甘くとろけるような味に、イライラ気分を忘れます。食べることに集中し、口を動かし、味わうことに夢中になって快感で満たされているからです。でも、食べ終わると「解決していないイライラ」にまた意識がもどっていって、また苛まれる。この気分を忘れたくて食べ続けていたのか…と摂食障害の仕組みに気づきました。また、若いころは太ると母には「健康管理できていない!」と言われたので、普段は食べ過ぎないように意識するのですが、時々ストレスがたまりにたまると、「ええーい、どうでもいいわ!好きに食べてやる!!」とやけくそが起こるのです。
では、イライラの原因は?今も続いている?アルコールも同じなんだよね(もっと強力な、いやな気持ちを忘れる麻酔薬)。わたしがひきづっている、生きづらさって何?どうすればいい?しかし、簡単にはわかりませんでした。カウンセラーに相談しても、本を読んでも、しょせん自分自身のことは、自分しかわからない。だけど、そのときのわたしには、今の自分の気持ちさえ、よくわからなくなっていました。あーあ、カウンセラーに「あなたの原因はこれです」といってもらえれば、いっそどんなに楽か。しかし、自分の心の中は自分で見るしかないのです。毎日根気よく、すこしずつ、ひとつずつ、という感じでした。全く見えないよ…という時期もありました。
私の瞑想体験(旧「Web会だより」 改め)