アルコール依存

 瞑想を始めたのは約2年前の2023年5月ごろの49歳、このころのわたしは精神的にも体力的にも追いつめられていました。わたしは訪問診療もしている地方の内科医です。2020年から始まったコロナ禍で仕事は多忙となり、その年4月から始まった父親の介護。更年期の体調不良と体力の低下。2022年頃からライフパートナーのアルコール依存…。
 2023年の元旦、わたしは打ちひしがれていました。それまでガバガバ飲んできたお酒を12月から一切断ったところでした。元旦の恒例で、おせちと雑煮を食べた後にパートナーと1年の計を話し合いました。「アルコールは週末の夕方のみ、節度をもって飲むこと」という約束をしたはずでしたが、仕事の臨時呼び出しで出かけ、昼に戻ってきたとき…。テーブルの上にウイスキーの小瓶があり、その横に酔いつぶれて倒れているパートナーがいたのです。

  わたしは地元で数人の医師が勤務する診療所に勤めていましたが、コロナ禍で病院ではクラスターが発生、入院中ほとんど面会ができないため在宅療養を希望する方が一気に増え、しかも癌の末期など死が近い方、病状が重く不安定な方が多くなっていました。訪問診療の件数が増える一方でコロナ禍でのPCR検査など新たな内容が増え、感染対策のため労力も増える中、なかなか訪問診療医は定着せず、2019年からほぼ一人で対応する状態が続いていました。
 しかも支えてくれるライフパートナーは仕事を辞めた状態で、夜に帰るとハイボールやストロング缶を飲んで酔っており、そのまま夜中にひとりで飲み続けて朝になってもアルコールが切れない状態になっていました。パートナーが倒れてしまったら今の状態では仕事に対応しきれない…、何よりアルコール依存の状態は手遅れになる前に何とかしなければと思い、週1回、夜に一緒に断酒会に通い始めました。

  どうしたの、私

 ちょうど、その正月休みに、高校の友人たちと久しぶりに喫茶店で集まりました。年末にあった甥の結婚式の話をしていた時でした。結婚式の記念写真を友人たちに見せて、「お嫁さん、めっちゃかわいいねー」と言われた時、「こぶつきだよ!そろそろ3歳で物心つくから、結婚してくれって言われたんだってさ!」と、新婦を辱めて責めるような、思いもかけない言葉が自分から出てきたのです。『!?』 これは…?まさか自分の口から、このような言葉が出るとは。幼い子供がいる女性が再婚して悪いわけはなし、甥っ子も子供をかわいがってる。彼女は礼儀正しくて、ここ数年わたしにもよくしてくれて、心から祝福していたはずなのに…。人を癒す言葉を使うよう注意してきたつもりだったのに…どうした、わたし?嫉妬?なんで彼女に?かわいい甥っ子の結婚式だよ?
 自分でも訳が分からず、これは何か自分の心に異変が起きていると思いました。仕事はできているし、人間ドックの結果や自分で追加した検査項目も問題なかったので、病気ではないだろうと思いましたが、しかし、思ってもいないような悪口が自分の口をついて出たのです。心の奥底にあるような怒りや感情が噴き出す…。でも、自分の心がわからない。他にも、今の職場での働き方はつらく、限界に近くなっていることが分かっているのに、自分がどうしたらいいのか、どうしたいのかわからない。考えを進めることができず、身動きが取れないような感覚‥何か、「自分自身にアクセスできない感じ」、「自分で自分が分からなくなる感じ」がありました。
 今のままでの自分では何をやっても、どこに行ってもダメなような気がして、何か根本的なものが欠けているような気がしていましたが、それが何か、どうすればよいのかわからないという状態でした。

 そうだ、瞑想があった・・

 そういえば、小さいころから「身体は手入れしながら使っていくものだ」といわれ、「身体の手入れ」に関しては厳しく言われて意識してきたけれど、「心の手入れ」は意識もしたことがなかった…。ずっと頑張ってきたけれど、生きづらさみたいなものもあるし、壁にぶつかっている感じ。ここのところつぎつぎと問題が重なり、つらい状況なのも、わたしのこころや考え方などになにか問題があるのかもしれない。なにか、心の手入れ(メンタルケア)になるようなことをした方がいいかもな…と考え、まずはカウンセリングや認知行動療法を受けてみましたが、何かピンときませんでした。
 そんなとき、本棚にある地橋先生の「ブッダの瞑想法」が目に入ったのです。数年前に本屋で立ち読みし、仏教というよりも瞑想についての科学的な解説もあり、しかも実践的な内容だったので、いずれは読んでみたいと思って買っておいたのでした。しかも、瞑想をするには五戒として「お酒飲んじゃダメ」という条件がある。今の私にぴったりだわ(自分をきちんと見つめ直したい。だけど、とりかかりが分からず、断酒だけで早くも心が折れそう…)。マインドフルネスもメンタルケアによく挙がるけど、その源流である瞑想を、きちんとした先生について教えていただいた方がよさそう。
 そして、そのころ読んだ「サピエンス全史」も瞑想をする動機になりました。作者である歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの、詳細な描写。…歴史と言えば「1192年鎌倉幕府ができました」みたいな出来事の羅列しかイメージになかった私にとって、当時の食べ物、服装、文化、人々が何を大事にしてどんな生活をしていたのか、その時代にタイムスリップして見てきたような書き方に感動したのです。そして、彼は毎日2時間は瞑想していると知って、瞑想でこんなに頭の働きが良くなるなら、これはもう自分もするしかないと思ったのでした。彼のパートナー(夫!)が同性、つまり自分と同じ同性愛者であるということ、そしてそれを公表しているのも、偏見を恐れて親しい肉親や友人以外はほどんど公表できていないわたしには素晴らしいことのように思えました。彼のように頭が良くならなくても、よりよい生き方が見つかるかもしれない…と期待しました。