(承前)
さらに、極めて私的事情であったことを今さらながら寺の関係者の方々に対して申し訳なく思うのですが、当時、母の認知症がかなり進みつつあり、環境の変化による病状悪化を避けたいという願いもありました。寺は住職やその家族の所有物ではなく、新しい住職が決まれば、前住職の家族などは寺を出ることになります。
それまでとまったく異なる環境に母を置いた場合、どんな具合になるか、それも心配だったことは確かです。その母は、結局、さらに認知症が進んでゆき、父の死後2年あまり経った平成19年1月には介護付き高齢者マンションに入ることになりました。
ちょうどその前月の平成18年12月末、私はようやく約2年の学業等を経て宗派の総本山で3週間の加行(僧侶資格前の最後の修行)終えたところでした。母は翌平成19年6月の私の晋山式(住職就任式)に出席することができず、その2カ月後の8月初め、脳出血により他界しました。『これで、家族とのかかわりによりこの寺に留まる動機は、自分の中ではほとんどなくなったな』と、そのときふと感じたことを今も憶えています。
いずれにせよ、父の急逝を経て私が住職になってからの10年間(父の急逝時から数えれば12年あまり)、寺の檀信徒の方々をはじめ、旧来からこの寺に縁の深い僧侶の方々には、さまざまなお気遣いやご支援をいただき、そうしたことには心より感謝しています。
とはいえ、私が住職に就いた経緯は上述のとおりであり、私としては、あくまでも短期間の「つなぎ役」の住職であるという思いを、就任当時から抱いてはおりました。それでも住職になったからには、それなりに寺の維持に努め、寺の属する宗派の教えを中心に、なるべくわかりやすく正しく皆様にお伝えするべく心がけてきたつもりではあります。
けれども一方で、上座部仏教との出会いによって仏教に惹かれるようになった私は、日本仏教の一宗派の寺の住職として、知識や能力、経験のみならず、やはり情熱に欠けており、それ故にさまざまな事柄をどうしても表面的・形式的に済ませてしまいがちになることをこの10年間、折々に痛感してきました。
その反面、日本仏教界の現況、特に僧侶のあり方やふだんの生活の様子などを自ら目にするにつけ、どうも私には馴染みきれないものがあり、上座部仏教(という限定ではなく、むしろ仏教僧侶の本来のあり方といったほうが適切かもしれませんが)により惹かれるようにもなってきたのでした(もう少し具体的にいえば、彼我において「戒」がどうとらえられ、守られているか、というようなことなどです)。
他方、寺の住職についていえば、本来はその宗派の僧侶としてもっとふさわしい方が住職を務めるべきであり、そういう住職のもとでこそ、檀信徒の方々もいっそう信仰熱心になって、寺の維持発展も望ましい形で期待できるものと考えるようになりました。
平成28年末には父の十三回忌を済ませ、私はもうじき還暦を迎える年齢となり、住職になってからまる10年が経ちました。短期のつなぎ役のつもりが10年というのは長すぎると感じました。早く次の方にバトンタッチすべきだという思いが募りに募ってきたのでした。
以上のようなことどもは、単に私のわがままによる判断や決意に過ぎないとも言えますが、決心のほどはそれ相応に強く固いものでした。また、勝手ながら期間限定のようなつもりで10年あまり力を尽くしてきましたので、ある種の疲労や倦怠感も覚え始めており、このまま惰性で続けるのはいかがなものかという思いもありました。そこで父の十三回忌法要後の挨拶でも退任をほのめかすようなことを口にし、そしてついに平成29年の春、寺にごく近い数人の僧侶の方々にはっきりと退任の意向を伝えました。
日本の一般寺院では住職は終身続けるものだという認識が、一般の方々だけでなく僧侶の間にもありますから、私の退任の話をお聞きになった方々はいちように吃驚なさいました。
けれども私がいわば不退転の決意のようにしてお伝えしたことと、昔から私の性格をよくご存じだった方々だったこともあり、ありがたいことに、そこまでの決心ならば後任住職の選定を進めようということになり、私の退任の意向は受け入れられました。おかげさまでその年の秋までには後任の態勢が決まり、無事に私は退任できる運びとなりました。
平成29年12月上旬、私は寺を離れ、一人暮らしを始めました。年末そして年明け後も当分の間は、引継ぎやあと片付けのために寺に出向くことになりますが、それが済めば、およそ2年後をめどに東南アジアの仏教国(ミャンマー等)に渡って上座部仏教の比丘になることを考えており、当面は日本国内でその準備を進める予定です。しばらくの間は住職退任後の心身のリフレッシュを心がけつつ、パーリ語やミャンマー語の学習を始めるつもりです。そして日常の瞑想の時間を増やすだけでなく、瞑想指導を受ける機会を積極的に求める一方、上座部仏教の教理の勉強も行なっていきたいと思案しています。その間には、ミャンマーなどを訪れ、瞑想センター等で短期のリトリートに入ることもあるかもしれません。
さらに、これは実際にやり始めてみなければどうなるかわかりませんが、願わくはミャンマーなどで出家の身として一生を終えたいとも考えています。
いずれにせよ、いつこの世での命が尽きるのか、誰にもわかりません。お釈迦様が「すべての物事は刻々と変化し滅びてゆく。怠ることなく修行に努めよ」と最期に説かれたことを心に留めながら、一日一日を充実させるべく過ごしてゆく所存です。(完)

