年が明けて、熊の目撃情報も無くなった。それはそうだろう。寒い、寒すぎるからだ。 熊でなくても冬眠したいぐらいの寒さである。
家のリフォームをしている時、大工さんに手すりを頼んだ。「ステンレス製、木製、樹脂製があるが、ステンレス製は止めた方が良いですよ。うっかり手袋無しで触ると皮膚がくっついてしまって大変です。」と言われた。その時は「ふ~ん、そんなものか。」と聞き流したが、さもありなん、である。
12月のクリスマスの頃は、キンキンに冷えた空気が澄み渡って、山は美しく大きく近く見え、星空は凍るように瞬き、霜柱をサクサク踏んで歩くのも嬉しいくらいだった。その頃で零下2、3℃だったのではないか。
年明け、窓からの冷気は窓際に座れないほどになった。風呂場は冷蔵庫として使えるくらいだが、水道の蛇口からチョロチョロだしておいた水は、朝には止まっている。冷蔵庫というより冷凍庫である。
朝、車に乗ろうとしたら、フロントガラスは霜で真っ白。しばらくエンジンをかけて温めようと思ったがドアが凍りついて開かない。泣きそうになった。近所に住む東京からの移住組によれば、うっかり車に野菜を置き忘れたら、翌朝にはみんな凍っていたそうだ。その日の最低気温は零下10℃。
むかし暮らしたフランクフルトの冬を思い出す。やはりフロントガラスが凍っていて、ご近所はみんなガリガリと引っ掻いて氷を落としていた。「お湯をかければ良いじゃないの?」と思って家から沸かしたお湯をたっぷり持ってきてざあっとかけた。どうなったかというと・・・まるで飴が溶けて固まったように、硬い氷になって頑固にフロントガラスに張り付いてしまった。「そんなことをやった人は見たことがない。」とご近所さんには呆れられ、その日は午後になるまで車には乗れなかった。その時の経験が無ければ、今回も同じことをやっていただろう。ただし、フランクフルトのアパートのような家は建物全体が温められ、家の中は巨大なデロンギが備え付けてあって、中は半袖でアイスクリームを食べられるくらい暖かかった。
ひるがえって八ヶ岳の家は寒い。前述のように風呂場は冷凍庫だし、北側にあるトイレも洗面所も冷えている。夜中に起きてトイレに立つのを我慢したくなるほどだ。12月の末にトイレ用に小さなセラミックヒーターを入れたが、10℃になるのがやっとだった。リビングには巨大な灯油のファンヒーターが付いているのだが、こちらはさすがに強力で、部屋を暖めてくれる。200Lのタンクが10日ほどで空になる勢いだが、凍死するよりマシだと腹をくくって、ガンガン焚いていた。すると夫が「喉がおかしい」と言い出した。そう、FF暖房機を使うと乾燥するのだ。ただでも雨の少ないこのエリア、今年はまた極端に雨が少なく、毎日地元の消防署か消防団が域内放送で「林野火災警報が発令されました」とやっている。そんな警報があることさえ知らなかった。
加湿器をつけたが焼け石に水。仕方ないので洗濯物を部屋中に干してみた。それでも湿度計は「LL」(極少という意味だろう)、「いっそこれでどうだ!」とばかりに、洗う必要ないタオルケットやシーツ、バスタオルを濡らして干しまくった。それでようやく30%に届くか届かないか。とうとう地元のホームセンターに走り、ダルマストーブのような、天板に鍋が乗せられるタイプの大型の石油ストーブを買ってきた。「これなら大丈夫だろう」と喜び勇んで点火。まあ暖かいのだが、予想していたようにグラグラお湯が沸くという感じでは無い。燃え方も東京で使っていた感じと全く違う。
なぜだろう? 何か設定が…と取説を読んでいて小さな文字が目に入った。「標高1,000m以上の場所では使用不可」そうか。登山する友人が山の上ではコーヒーが沸かせないと言っていたことを思い出した。酸素が薄いのだ!我が家の標高は950m。ギリギリセーフというところだが、平地のように景気よく燃えてはくれないようだ。
ええい、ままよ、と家中の電気暖房機を点けまくった。ホットカーペット2枚、デロンギ、電気毛布、電気座布団、加湿機能付き暖房機、当然加湿器も稼働。トイレのセラミックヒーター、ペット用のホットカーペット。さらに、お湯を沸かそうと電気ポットのスイッチを押した途端に、ブレーカーが落ちた。停電。真っ暗になった。容量オーバーだ。灯油のファンヒーターまで止まってしまった。燃料は灯油だが、電気で温度設定やタイマーがかかるので、停電したら動かない。真っ暗の部屋の中で静かに大人しくオレンジ色の光を輝かせながら、ダルマストーブだけが生きていた。ああ、ダルマストーブ! あなただけが頼りよ、と親近感が湧く。
二重窓にするしかない、と決心して馴染みの大工さんに連絡したが、急には手配できないとのことで、当面はこのまま頑張るしか無いということになった。外構工事や手すりなどより窓が先だったと悔やむが、後悔先に立たず。我が家は、吹き抜けの2階までの大きなガラス窓で、今から思えば全く夏仕様の家だったのだ。
涙ぐましい奮闘に天も哀れと思ったのか、今日は少し温かかった。最高気温が0度を超えていた(1℃だけれど)。耳がちぎれそうな八ヶ岳下ろしの風もいくぶんおだやかだった。体もだんだんに慣れてきたのかもしれない。けれど、寒さの本番はこれからの1ヶ月だ。最低気温は零下15℃くらいになるらしい。こんなにも春を待ちわびる冬を体験したことはいままで一度もなかった。