★「月刊サティ!」が装いを新たに再スタートしました。
「巻頭ダンマトーク」も従来どおり誌面の一角を飾ることになりました。
旧「月刊サティ!」の「ラベリング論」が完結しておりませんので連載が継続されます。
ただ別案が検討され、「ラベリング論」を断続的に掲載しながら、『ヴィパッサナー瞑想大全』という大きな本を連載していくことになりました。
『ヴィパッサナー瞑想大全』(以下『大全』)が最初に構想されたのは十数年前になるでしょう。多くのグリーンヒル関係者が関わり、内容も構成も二転三転しながら月日が流れ、幻の本のまま今に至っています。ヴィパッサナー瞑想の実践に特化したグリーンヒルの瞑想理論と技法の集大成として上梓する使命感が共有され、多くの人が仕事を分担し力を合わせてくれたのですが、私の完璧主義が仇となり完成を阻んできたと言えるでしょう。
この本は、私がこれまでに執筆した原稿を中心に、各種瞑想会や朝日カルチャー講座のダンマトーク文字起こし原稿を集大成しようとしたものです。多くの方々が膨大な時間と労力をかけてテープ起こしをなされ、その原稿を故井上雅也初代「月刊サティ!」編集長が読みやすい文章にリライトされ、さらに私が大幅に書き直して草稿をまとめていきました。
グリーンヒルを支えてくださった何人もの方々から構想案が提出され、何度も修正を重ねながら進めてきましたが、とりわけライフワークのように心血を注いでくださったのは故井上編集長でした。大学の先生がなぜここまで…と訝るほど力を尽くしてくださる展開に、宿世の因縁を想わざるを得ませんでした。何としても恩義に報いなければと思いつつ、優先すべき出版社から刊行する本や諸々の仕事に忙殺され、『大全』は未完のまま歳月が流れていきました。
それでも2017年に刊行が具体化し、出版社の意向にしたがい故井上編集長が並々ならぬエネルギーを注がれて『大全』の構成を大幅に変更されて上梓できる運びになったのですが、諸般の事情からまたもや流産してしまいました。折しも、私自身が修行者に戻る決意を固め、ダンマの情報発信を激減させるとともに『大全』への情熱も失われていきました。
こうした紆余曲折を、温厚な井上編集長は文句ひとつ言わずに静観されていましたが、間質性肺炎が急速に悪化し2024年に帰らぬ人となってしまったのです。
痛恨の極みでした。
最新刊『死のレッスン』が私の手を離れ、「月刊サティ!」が再開した今、『大全』を連載し全文を公開するアイデアが浮かびました。私も間もなく喜寿を迎える齢となり、瞑想に役立つ情報はすべて発信してこの世を去ろうと覚悟を定めています。文章には特に完璧主義になる私の悪癖が情報発信量を激減させてきたのですから、不本意と感じても妥協しないと『大全』は永遠に日の目を見ることがないだろうと思われます。
という訳で、再読すれば修正したくなる心を見送りながら『大全』を順次掲載していくことになりました。
以下に『大全』の目次を掲げ、次回から本文を掲載してまいります。
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★§【ヴィパッサナー瞑想大全】§★
◆第1分冊→(53,474字)
序章
一.マインドフルネスからヴィパッサナーへ
(一) 現代社会のストレスとマインドフルネス
(二) ヴィパッサナー瞑想へ
⑴ サティの機能
⑵ 正しい判断基軸を
二.八正道 ―仏教の心髄―
(一) 正語
(二) 正行(正業)
(三) 正命
(四) 正精進
(五) 正念
(六) 正定
(七) 正見
(八) 正思(正思惟)
コラム:すべての瞬間を貫く仏教
第1章:苦諦の章―苦とは何か―
一.さまざまな苦を抱えながら
二.苦には段階がある
(一) 生命としての苦 ―苦苦―
(二) 変わりゆくことから生まれる苦 ―変移苦―
(三) 存在そのものの苦 ―行苦―
(四) 行苦を越えるためには
コラム:幸せなのか、不幸せなのか?
三.煩悩のままに生きると ―『大苦蘊経』に語られる苦―
(一) 欲の楽しみ
(二) 欲の危険要素
(三) 身体の楽しみと危険要素
(四) 感受の楽しみと危険要素
(五) 解放
コラム:「ハイッ、満点です!・・・?」
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◆第2分冊→(50,937字)
第2章:集諦の章―苦はどこからくるのか
一.生命と欲望
(一) 脳の仕組み
(二) 学習による反応
二.エゴの探求
(一) エゴの起源
⑴ 自意識の成長と働き
⑵ 分かち合いの淵源
⑶ 堕落の発端
(二) 社会的システムから生まれるエゴ
⑴ 心のプログラム
⑵ 学習されるエゴ
⑶ 戦後日本人のエゴ感覚
⑷ エゴ感覚を止める
⑸ 劣悪な環境を越えて
コラム:そんなに責めないで・・・
三.「私」という錯覚
(一) 「私」とは
⑴ 何が「私」なのか
⑵ 「私」は妄想
⑶ 五蘊は無我
(二) 「法を見る者は我を見る」 ―ヴァッカリ比丘の願い―
⑴ 幻想か、事実か
⑵ 有身見とは
⑶ 無明の暗がり
⑷ 病篤きヴァッカリ
(三) 『私』の体? 体が『私』?
⑴ ありのままに五蘊を観る
⑵ 体が私?
⑶ 物質的存在の観察
⑷ 「エゴ妄想!」の作られ方
(四) 感じる私、優劣の私・・・
⑴ 体よりも心
⑵ 変滅する心の実態を正しく観る
⑶ 感じたものを認識する
⑷ エゴが消えれば苦痛が消える
⑸ 楽受の引力
⑹ 想への執着
(五) エゴの終焉を目指して
⑴ 諸行無常
⑵ 行=業
⑶ 一瞬の心の状態
⑷ 生きている証し
⑸ ヴァッカリ比丘の解脱
⑹ エゴの超克
四.苦をもたらす十四の不善心所
(一) 四つの共一切不善心所
(二) 三つの貪り系の不善心所
(三) 四つの怒り系の不善心所
(四) 三つのおろそか系の不善心所
コラム:あるがままの自分を肯定する?
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◆第3分冊→(49,479字)
第3章:滅諦の章(1)―仏教の教えに生きる―
一.引き算の世界
(一)「物財」と「食」の引き算
⑴ 物財と幸せ
⑵ 少食のススメ
(二) 心の引き算
⑴ ただの概念ではないか
⑵ 記憶の源流
⑶ 達人の技
⑷ データの力
⑸ 思考の止め方
(三) 質問に応えて
⑴ 作られていく欲望
⑵ 欲望の無常性
コラム:サマーディは、腹五分目から・・・
二.愛が超えられるとき
(一) 無償の愛とは・・・?
(二) 愛もエゴも超える
(三) 愛から慈悲へ
三.慈悲の瞑想とその功徳
(一) 慈悲の瞑想のために
⑴ 慈悲の瞑想の意義
⑵ 慈悲の瞑想の対象
⑶ 慈悲の瞑想を妨げるもの
(二) ウペッカーの心を養うヒント
⑴ 慈悲の瞑想がうまくいく条件とは
⑵ 『荘子』から
(三) 慈悲の瞑想の功徳
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◆第4分冊→(→43,640字)
第4章:滅諦の章(2)―戒の真髄―
一.戒に始まり戒に終わる
(一) 生命の営みと戒
⑴ 戒の起源とその範囲
⑵ 「あるがまま」の受容
(二) 戒を守るステージ
⑴ 自分のために守る ―劣戒
⑵ 社会のために守る ―中戒
⑶ 悟るために守る ―清戒
(三) 『清浄道論』の戒
⑴ 不犯が戒なり
⑵ 言葉の戒
⑶ 業を作る意志
(四) 戒に始まり戒に終わる
⑴ なぜ戒を守るのか
⑵ 心の中で成長する戒
コラム:闘牛士のサティ
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第5分冊→(41,924字)
第5章:道諦の章(1)―心の安定と修行の深化(基礎編)―
一.心を安定させる工夫 ―『二種考経』に学ぶ―
⑴ 快と不快
⑵ 抑制を学ぶこと
⑶ ブッダは欲の考えをどうしたか
⑷ 修行の上で欲の考えが起きたら
⑸ 欲のない考え
(一) 欲のない考え
⑴ 快と不快
⑵ 抑制を学ぶこと
⑶ ブッダは欲の考えをどうしたか
⑷ 修行の上で欲の考えが起きたら
⑸ 欲のない考え
(二) 怒りのない考え
⑴ 怒りの考え
⑵ 怒りのない考え
⑶ 傷つける考え
(三) 明智から悟りへ
⑴ 細大漏らさず考えること
⑵ 善の心を増大させる
⑶ 心の安定を第一に
⑷ 定の中でサティ
⑸ 三つの明智から悟りへ
終わりに―この経典を紹介した意義―
二.「あるがまま」の本質を知る
(一) 「あるがまま」を観る瞑想
⑴ 正確な対象認織
⑵ 「あるがまま」の本質
⑶ 現実から逃避するサティ
(二)「想いの世界」と「事実の世界」
⑴ 「事実」と「想い」の世界のはざまで
⑵ 思い通りにならない世界
⑶ 諸法無我とエゴ
⑷ 「エゴ感覚」が生まれる背景
コラム:「もういい!」と言えない・・・
三.正しいヴィパッサナーのために
(一) 反応パターンを変えよう
⑴ 技術だけのサティ
⑵ 行う以上は正しいサティを
⑶ 究極の課題は反応パターンを変えること
⑷ 目的追求型の人
⑸ 目的追求に価値を置くことは渇愛になる
(二) 「戒」を受け入れる
⑴ 積極的な意志
⑵ 心の深層から浮かび上がるもの
⑶ 正しい反応パターンとは
⑷ 戒の受け入れがすべての土台
⑸ 戒→定→慧という順
(三) 欲望の汚れを離れる
⑴ 四つの煩悩
⑵ 欲望の汚れ
⑶ 「欲漏」の正確な定義
⑷ 欲をなくすには
(四) 生存・見解・無明の汚れを離れる
⑴ 生存の汚れ
⑵ 見解の汚れ
⑶ 無明の汚れ
⑷ 無明を超えて
コラム:なぜ瞑想するのですか?
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第6分冊→(→45,800字)
第6章:道諦の章(2)―心の安定と修行の深化(実践編)―
一.不善心を回避する五つの方法 ―『考相経』に学ぶー
(一) 妄想が煩悩を発生させる
(二) 「相(ニミッタ)」とは
(三) 『考相経』の教え
⑴ 対抗思念
⑵ 危険要素のチェック
⑶ 考えない
⑷ 分析論
⑸ ダメなものはダメ
コラム:あーあ、眠たいなぁ
二.煩悩から離れるために
(一) 煩悩から離れる五つの道 ―『清浄道論』―
⑴ 省察
⑵ 鎮伏
⑶ 彼分
⑷ 正断
⑸ 安息
(二) 反応系プログラムの書き換え ―『推理経』から―
⑴ 『推理経』の構成
⑵ 省察すべきこと
コラム:雨、風、光、サマーディの力
三.ヴィパッサナー瞑想を支える五つの力 ―五根とそのバランス―
(一) 集中とサマーディ
⑴ 智慧の三つの段階
⑵ 私たちの認知システム
⑶ 集中を高める
⑷ サマーディの特色
⑸ サマタのサマーディとヴィパッサナーのサマーディ
⑹ サマーディの段階
⑺ 心と体の条件を整える
⑻ ヴィパッサナーのサマーディ
⑼ 仏教の瞑想とは
(二) 精進の力と信の定まり
⑴ 精進の力
⑵ そのままでは抑制は働かない
⑶ 疑を晴らす
⑷ 信を定める
(三) 五根のバランス
⑴ 信勤念定慧の要素
⑵ サティの重要性
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第7分冊→(40,493字)
第7章:道諦の章(3)―智慧の発現のために―
一.中道を歩む
(一) 中道とは何か
⑴ 楽が極まれば
⑵ 苦行は必ずしも否定されていない
⑶ 苦行のマイナス面
⑷ 中道は八正道に通じる
質疑応答
(二) 中道と十二縁起
⑴ 有無中道
⑵ 断常中道
⑶ 常見・断見
⑷ 十二縁起
⑸ 「有」は過程のこと
⑹ 「生」とはなにか
⑺ 妄想を離れる
コラム:「願望」は実現するか・・・
二.智慧が現れる瞑想
(一) 正確な情報と瞑想
⑴ 正しい情報と善悪の判断
⑵ 認識の仕組み
⑶ 認識の危うさ ―トップダウンとボトムアップ―
⑷ 後続を断つサティ
⑸ 認識確定のサティ
⑹ 対象化するサティ
⑺ サティの成長
⑻ 分析力
(二) 智慧とはどのようなものか ―智慧の種類と段階―
⑴ 聞法の智慧
⑵ 思索の智慧
⑶ 洞察の智慧 ―智慧が閃く瞬間―
(三) 智慧を発現させる具体的方法
⑴ 精査する
⑵ 質問をする
⑶ 好きになる
⑷ 脳をかき回す質問
⑸ 紙に書き出す
⑹ 書くことの創造性
⑺ 作り作られる双方向性
⑻自己客観視のために
質疑応答
コラム:恐怖はなくせます
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◆第8分冊→(40,552字)
第8章:道諦の章(4)―心の探究―
一.『心随観』へ
(一) サティの原点に帰る
⑴ 瞑想の原点
⑵ 根本教理の実践
⑶ 厳密なサティ
⑷ 概念の消滅
(二) 拮抗するサティとサマーディ
⑴ 悟りの七覚支
⑵ サマーディよりもサティ
⑶ 正確な技法で「身」から「心」へ
⑷ サマーディの妨害
(三) 瞑想する心の分析
⑴ 心のエネルギー配分
⑵ 「撤退型」の瞑想とは
(四) 心の深層を見る
⑴ 心随観などやりたくない
⑵ 「撤退型」から「特化型」へ
⑶ 「特化型」の瞑想
⑷ 気づき・集中・撤退・特化
(五) エゴを乗り越えるために
⑴ ないものは見られない
⑵ 自己対象化
⑶ 視座の転換
(六) 心随観上達のために
⑴ 問われる人格
⑵ 日常生活での心随観
⑶ 心の洞察の深まり
⑷ 構成因子に仕分ける
(七) 秘訣はラベリング
⑴ ラベリングの諸問題
⑵ 分析的なラベリング
(八) 質疑応答
⑴ タイミングとバランス
⑵ 追及の手がのびると・・・
⑶ 瞑想が進むこと
コラム:夏は、秋になっていく・・・
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◆第9分冊→(60,168字)
第9章:道諦の章(5)―幸せへの道のり
(瞑想修行質疑応答)
一.ラベリング
(一) ラベリングの意義と基本
(二) サティの秘訣はラベリング
◎ラベリングの重要性
◎言葉の選択
◎観察と認識のリレー
◎言葉が出てこない・・・
◎言葉の短縮化
◎言葉の工夫
◎音楽が鳴り止まない・・・
◎妄想が好きだから
(三) 洞察から智慧の発現へ
◎ラベリングから自己理解へ
◎徐々に現れてくる智慧
◎洞察から智慧の発現へ
二.感覚の取り方のヒント
(一) お腹の感覚
(二) 鼻の感覚
(三) 歩きの感覚
(四) 感覚への意識
三.妄想と向き合う
◎妄想の由来
◎妄想が不幸にする
◎妄想対策
◎「妄想」か「膨らみ・縮み」か・・・
◎消えない時は…
◎妄想もありのままに
コラム:「変身願望」が叶えば・・・
四.痛み
(一)痛みが起きたら
◎なぜ痛みを観察するのか
◎嫌なものから学ぶ
◎事実と妄想の混同
◎感覚の精査
(二)「痛み」の観察法
◎痛みの由来
◎後続を断ち切る
◎マイナスをプラスに転じる
◎痛みが瞑想を進ませてくれる
五.怒りから慈悲へ
(一)怒りはなぜ「悪」なのか
(二)怒り・欲望・刺激
(三)心のコントロール
(四)怒りを静める工夫
(五)何を最も優先すべきか
六.慈悲の瞑想へ
◎慈悲の瞑想の効果
◎慈悲の瞑想で気をつけること
◎慈悲の瞑想の心構え
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