1)ヘートゥパッチャヨー(因縁)
結果に関連する対象に心がしっかりと留まるように、水を吸い上げる根のごとく作用する法
●木と根の例え
木の種を土に蒔いて栽培するとまず種から出て来るのは小さな根っこです。その後芽が出て、そこから葉っぱが出てきます。地面の中にしっかりと根を張れば張るほど、より力強く芽生えて大きく育ちます。
種から芽が出た時にその根を切り取ってしまったらそれでも芽は大きく育つことができるでしょうか。育つことはもはや出来ません。死んでしまいます。
根を切らずにおけば、地面深くにしっかりと根づき、枝葉も大きく育ってやがて花が咲き、たわわに実がなります。
軽く考えてはいけません。
木の枝葉を切り落としても根が残っている限り枝が伸びて葉をつけます。椰子の木の半分を伐採してしまえば根っこが残っていても死ぬだろうと軽く考えてはいけません。これを理解できるように最も身近な例を挙げて比べながら説明します。あらゆる木々を想定して例えをあげています。木々の性質として、それを殺したければ根を掘り出して断ち切る以外にありません。
このように、木が青々と生い茂り実を結ぶための最も大事な支えとなるのは水を吸い上げる根です。
●六つのヘートゥ(因)
木に根があるように、人間にも水を吸い上げる根と同様の仕組みが六つあります。それは①ローバ(貪)②ドーサ(瞋)③モーハ(痴)④アローバ(不貪)⑤アドーサ(不瞋)⑥アモーハ(不痴)です。これらを六つのヘートゥ(因)と呼びます。ヘートゥ(因)とは原因となる法という意味です。
●原因となる様子
水を吸い上げる根は、枝葉、実、花が生き生きと生い茂り、しっかりと安定するように支えるための原因となります。同様にローバ(貪)、ドーサ(瞋)、モーハ(痴)、アローバ(不貪)、アドーサ(不瞋)、アモーハ(不痴)も、それらと同時に生じる名(心)と色(物質)がしっかりと安定し、増大し、堅牢になるための原因となります。
人にローバ(貪)が生じ、ローバ(貪)という根が絡みつき、ローバ(貪)という根が強力になると人間関係、国政、経済、科学、功徳、それぞれの場でローバ(貪)と一緒になって考えます。ローバ(貪)と一緒になって調べ学びます。ローバ(貪)と一緒になって決断します。ローバ(貪)と一緒になって行動します。その人に生じる心、心所(心と同時に生じて滅し、心と同じ対象を取り、心を修飾する法)、と言う名法は常にローバ(貪)を伴い、ローバ(貪)と共に存在するようになります。「ヘートゥパッチャヨ―(因縁):結果に関連する対象に心がしっかりと留まるように、水を吸い上げる根のごとく作用する法」と言うのはこのような性質、状況を示したものです。
●水を吸い上げる根を掘り出してこそぎ取るとどうなるでしょうか。
木の根を掘り出してこそぎ取ると、成長して生い茂ることができなくなります。花が咲いたり、実がなったりすることもなくなります。同様に、ローバ(貪)と言う根を掘り出してこそぎ取ると、その後は何かを欲しいという心が生じることは無くなります。欲しい物を手に入れよう、何が何でも手に入れようという心も消えてしまいます。ローバ(貪)が有る限り何かを欲しいという心、何が何でもこうしたいという心が、次から次へと生じるようになります。
名法(心)がローバ(貪)とかかわるようになると、心が原因で生じる物質(心生色)が現れ、欲深い振る舞いが生じます。顔を見ても、目を見ても、欲深い人は、それが明らかに分かります。「ヘートゥパッチャヨ―(因縁):結果に関連する対象に心がしっかりと留まるように、水を吸い上げる根のごとく作用する法」と言うのはこのような性質、法を示しています。
●原因と結果
ローバ(貪)という心がパッチャヨ―(原因)です。欲しい物を欲しいと声に出して言う、手に入れようと努力する、これらはローバ(貪)が原因となって作りだした結果です。「ヘートゥパッチャヨ―(因縁):結果に関連する対象に心がしっかりと留まるように、水を吸い上げる根のごとく作用する法」と言うのはこのような性質、法を示しています。
同様に、ドーサ(瞋)が原因となったら、心も身体も粗暴になります。顔は真っ赤になります。そして真っ赤になった部分がくすんだ色になります。ドーサ(瞋)が原因となって、悪口を言いたい、叫びたい、叩きたい、殴りたい、殺したい、切り捨てたいという心が生じます。これが、ドーサ(瞋)が原因となって生じる状態です。
水を吸いあげる根が強力になればなるほど、木は大きく育ち元気になるように、ドーサ(貪)が強力になればなるほど、心の状態、身体の挙動、発する言葉は粗暴になります。まず顔つきが悪くなります。次いで表情が暗くなります。三番目には大きな声をあげます。四番目には相手を罵るようになります。五番目には相手を叩いたり殴ったりしたくなります。ドーサ(瞋)が強力になると頂点に達すると、殺したり、切りつけたりします。「ヘートゥパッチャヨ―(因縁):結果に関連する対象に心がしっかりと留まるように、水を吸い上げる根のごとく作用する法」と言うのはこのような性質、法を示しています。ドーサ(貪)の心が原因となる法です。ドーサ(貪)が原因となって生じるのが結果の法です。
●モーハ(痴)、無知の様子
モーハ(痴)というのは何も知らないということではありません。知ってはいますがその知識は原因と結果、善と悪、正と誤を区別し、批判的に知る知識とは異なります。モーハ(痴)という根が強力になった人は疑いが深くなります。心が散乱します。原因と結果、善と悪、正と誤を区別し、的確な見方で知ることはありません。モーハ(痴)が強力になればなるほど疑いが強くなり、心の散乱が多くなります。正しいか誤りか分からなくなります。モーハ(痴)が原因で、正誤の区別が分からないのが結果です。「ヘートゥパッチャヨ―(因縁):水を吸い上げる根のごとく原因として作用する法」と言うのはこのような性質を示したものです。
●ローバ(貪)ドーサ(瞋)が生じるたびに
このモーハ(痴)はローバ(貪)が生じると、ローバ(貪)に連れ添って同時に生じます。同様にドーサ(瞋)が生じると、モーハ(痴)が同時に生じます。けれども主役はローバ(貪)、ドーサ(瞋)なのでモーハ(痴)はあまり目立ちません。モーハ(痴)は脇役として大活躍します。
ローボー アッタン ナ ザーナーティ、ローバ(貪)が生じている時は原因結果、善悪、正誤を吟味し区別して知ることが出来ません。
コード― アッタン ナ ザーナーティ、ドーサ(貪)が生じている時は原因結果、善悪、正誤を吟味し区別して知ることが出来ません。
正しく知ることが出来ないと、ローバ(貪)が生じれば、ローバ(貪)を土台として過ちを犯してしまいます。ドーサ(瞋)が生じれば、ドーサ(瞋)を土台として過ちを犯してしまいます。
●モーハ(痴)が原因となる様子
モーホー アッタン ナ ザーナーティ、モーハ(痴)が生じると原因結果、善悪を吟味し区別する力が無くなってしまいます。
モーハ(痴)が原因であり、疑いが生じる、心が散乱する、正誤が分からないなどが結果です。「ヘートゥパッチャヨ―(因縁):水を吸い上げる根のごとく原因として作用する法」と言うのはこのような性質を示したものです。
●モーハ(痴)が主役となる様子
モーハ(痴)がローバ(貪)、ドーサ(瞋)の脇役として生じる一方で、モーハ(痴)が主役になることがあります。無為に過ごし、この人も信じない、あの人も信じない、疑うことが多くなって、心が散乱し、正誤を区別して理解することができず、支離滅裂になります。これらはモーハ(痴)が主役として機能した場合に見られる状態です。これで三つの不善なヘートゥ(因)についての説明が終わりました。
サンガの言葉