今月号より「月刊サティ!」2005年1月~2005年5月号に掲載されましたタイの名僧アチャン・チャー法話を5回にわたり再掲載いたします。今月号はその1回で「はじめに」と簡潔な伝記です。次号から「私たちの真の家」(本文)を掲載する予定です。
○はじめに
空(から)の旗
私は以前、禅についての本を読んだことがあります。ご存知のように、禅では多くの言葉をもって教えることをしません。たとえば、瞑想中に僧が眠りに落ちてしまうと、警策を持った僧がやってきて、「バシッ」と背中を打ちます。間違いを犯した修行者は、打たれると、見回りの僧に感謝の意を示します。禅の修行においては、成長の機会を与えてくれるすべての感覚にたいして感謝するよう教えられています。
あるとき、僧の一団が会合のために集まっていました。堂の外では一棹の旗が風にたなびいています。すると二人の僧が、「どうして旗が風に揺れるのか」をめぐって口論を始めました。一人の僧は「風があるからだ」と言い、もう一人は「旗があるからだ」と主張しました。このように二人は、おのおのが狭い見解を持っているがゆえに言い争い、いかなる合意に達することもできませんでした。放っておけば、彼らは死ぬまで論争していたことでしょう。しかし、師が割って入り、「どちらも正しくない。正しい見方は、旗もなく風もないということだ」と言いました。
このように、旗もつかまず、風もつかまず、何物も持たないことが、仏教の実践です。旗があれば、風がある。風があれば、旗がある。こうしたことに思いをめぐらし熟慮して、真理にしたがって物事を見るようにすべきです。よくよく考えてみるならば、変わらずにありつづけるものは何もありません。すべては「空―虚空」です。
旗は空(から)であり、風は空(から)です。大いなる虚空においては、旗もなく、風もありません。生もなく、老いもなく、病もなく、死もありません。「旗」や「風」であると私たちがふだん理解しているものは、ただの概念にすぎません。実体はありません。それだけのことです。実体のない名札があるだけなのです。
こうした理解にもとづいて修行を実践するならば、不足しているものは何もないことがわかり、すべての問題は決着するでしょう。大いなる虚空においては、死王もあなたを見つけることができません。老いや病、死が追いかけようにも、追いかけるべきものがないのです。
真理にしたがって見、実践するならば(それを「正見」といいます)、そのような大いなる「空っぽ」があるだけです。ここにおいてはもはや、「私たち」や「彼ら」や「じぶん自身」は存在しません。
不断の実践
実践において、私たちは直接的に心を観察します。実践がおろそかになり始めたらいつでも、私たちはそうした心の状態に気づき、気持ちを引き締めます。ところがすぐにまた、心はゆるんできます。このように心は私たちを引きずりまわします。しかし、十分な気づきのある人は落ち着いており、つねに自分の態勢を立て直します。じぶん自身を取り戻し、訓練を積み、実践を重ねる、というふうにして自分自身を育成してゆきます。
ところが、気づきの不十分な人は、心が千々に乱れるままにしています。進むべき道からそれて、何度も脇道へ迷いこみます。意志が強固でなく、実践もしっかり根づいていません。したがって、絶えず世俗の欲望に惹かれ、実践から離れてしまいます。こちらに引きつけられたかと思えば、こんどはあちらに引きつけられるという具合です。みずからの気まぐれと欲望にしたがって生き、この世間のサイクルのなかで生きることに決して終止符を打とうとはしません。
出家するのは、そうたやすいことではありません。そのためには、まず、自分の心を落ち着かせる決意をしなければなりません。さらに、修行の実践に対して確信がなければなりません。すなわち、好きな対象と嫌いな対象のどちらにもうんざりし、真理にしたがってものごとを見るようになるまで、実践をつづけるだけの確信がなくてはなりません。私たちは普通、嫌いなものに対してだけ不満を感じます。そして何かが好きなときには、それを手放すのを嫌がります。私たちは、嫌悪する対象と愛好する対象、苦しみと幸福の両方に対して、あきあきして、うんざりするようにならなければなりません。
このことがまさにダンマ(法)の真髄であることをあなたは知りません。ブッダのダンマ(法)は深淵で精妙です。理解するのは容易ではありません。真の智慧が生じなければ、理解出来ません。あなたは未来にも過去にもきちんと目を向けていません。幸福を味わうと、これから先もずっと幸福のみがあると考えます。苦しみを経験すると、これから先もずっと苦しみのみがあると考えます。大があればいつでも小があり、小があればいつでも大がある、ということを理解していません。そんなふうには物事を見ないのです。ただ一面しか見ず、それが果てしなく続くと思っています。
すべての物事には二つの面があります。あなたは両面を見なければなりません。そうすれば、幸福が生じたときに、夢中になることはありません。苦しみが生じても、途方に暮れることはありません。幸福が生じたときに、苦しみのことを忘れません。なぜなら、これらが相互に依存しているのを知っているからです。
同じことは食物にも言えます。食物は、すべての生き物の身体を維持するうえで有益なものです。しかし実際には、食物が有害になる場合もあります。たとえば、食物のせいで、胃がさまざまな失調を起こすこともあるのです。何かの利点を見るときには、不利な点にも気づかなくてはなりません。
逆もまた同様です。憎悪や嫌悪を感じたならば、慈しみと智慧についてじっくり考えるべきです。そうすれば、あなたはもっと安定し、あなたの心はいっそう落ち着くことでしょう。
※アチャン・チャー『Bodhinyana』よりまとめました。
○アチャン・チャー〔1918-1981〕略歴
アチャン・チャー(アチャンとはタイ語で先生、師の意味です)は北東タイの田舎の村で、大きくて豊かな家庭に生まれました。青年期の初期に沙弥となり、ニ十歳になると、沙門としてさらに上の段階の戒を受けました。若い僧だったときに、法と戒と経典の基礎を勉強しました。その後、禁欲的森林派の伝統を受け継ぐ地元の瞑想の達人数人から指導を受けて、瞑想の修行をしました。何年もの間、禁欲的な僧の流儀に従って、森や洞窟や火葬場で眠りながら放浪し、そして、短期間ですが啓発的な期間を、二十世紀に最も有名で尊敬されたタイの瞑想の達人の一人であるアチャン・ムンの下で過ごしました。
何年も旅と修行に費やした後、生まれ故郷の村の近くの鬱蒼とした森に定住してくれとの誘いを受けました。この森には人が住んでおらず、コブラとトラと幽霊の場所として知られており、そのため、アチャン・チャーの言葉を使うと、森の僧にとってこの上ない場所でした。アチャン・チャーの教えを聞きに来て、その下で修行をするために滞在する比丘や比丘尼や在家の信者の数がどんどん増え、ついには、アチャン・チャーを中心とする大きな寺院が形成されるに至りました。今では、タイ、イギリス、そしてオーストラリアに40以上の山と森の末寺があります。
アチャン・チャーの素晴らしく簡単な教え方は、人を誤らせることがあります。あることをアチャン・チャーから何回も聞いてから、突然心が成熟し、どういう訳かその教えが遥かに深い意味を持つようになるということがよくあります。時と場所、そして聴衆の理解度と感受性に応じて法の説明を変えるアチャン・チャーの巧みなやり方には、目をみはるものがあります。しかし、活字になってしまうと、一貫性が無かったり、矛盾しているように思える場合があります。そのようなときには、読者はこうした言葉は生(なま)の経験の記録だということを思い出すべきです。同様に、教えが伝統から逸脱しているように思える場合があったとしても、師は常に心から、師自身の瞑想経験の深みから話をしているということを心に留めておくべきです。(つづく)
(文責:翻訳部)