(1)
★殺す者は殺され、奪う者は奪われ、罵る者は罵られる、とブッダは説く。
 この世は業の世界であり、天に向かって唾を吐くように、出力した全てが我が身に降りかかってくる。
 だが、不善業の結果が現象化した瞬間、カルマ論などコロリと忘れて、ブチ切れてしまう。
 因果がエンドレスにめぐり続ける……。

(2)
★自己中心的な執着を乗り越えるには、視座を転換させ、相手の立場から眺めてみる。
 相手と自分を上空から俯瞰するような客観視を練習する。
 何ごとも因縁因果の流れで生起し変滅していく消息を考察する。 
 善行(利他的行為)を修行と心得てトライし、習慣化する・・・。

(3)
★情けは人の為ならず。
 世のため人のために善行をすれば、同じことが未来の自分に起きるだろう。
 業の法則を学び始めた初心者は、人に善をなせば自分の利益になると考える。
 不純な「劣善」に分類されているが、そんな善行でもやらなければ、何も始まらない。
 善行も必ず成長していくし、やがて「中善」→「勝善」と昇格する……。

(4)
★行為がなされた瞬間のエネルギーが、やがて同様の現象を我が身に惹き起こす。
 たとえ劣善でも、瞑想者を助ければ、己の修行が支えられ助けられる環境に恵まれるだろう。
 業の力で環境は整っていくが、己の心を浄化するのは純粋な利他心と瞑想実践……。

(5)
★袖すり合うも多生の縁。
 過去世で共に修行した法縁があれば、今世でもまた同じ空間で瞑想修行することもあるだろう。
 仲が良く、助け合い、切磋琢磨した友もいれば、羨み、妬み、邪魔をしたライバルもいるだろう。
 善き人に助けられるのも、悪しき人から災いが降りかかるのも、宿業が展開させた必然の結果と心得て淡然と引き受けていく……。