(1)
★快いものを貪り求め執着する本能を、自然搭載して生まれてくるのが生命だ。
 一方、胎児の手指や幼児期の脳神経細胞、免疫細胞の9割には、次々とアポトーシス(プログラムされた細胞死)が起き、生命の最適化が計られる。
 貪り求めるのも(足し算)、手放すのも(引き算)、どちらも根源的な生命のシステム……。
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(2)
★人生が思い通りにならないのは、自分が作った膨大な業が否応のない力で現象化し、日々展開してくるからである。
 簡単に変えられるものもあるが、ごくわずかだろう。
 それ故に、嫌なことでも起きたことはそれで良しとし、心汚さず、流れに身をまかせて認知を変えることができれば苦は減少する……。
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(3)
★新型ウイルスの感染であれ怪我や事故であれ、身体に苦受を受けた瞬間、殺生戒系の不善業が一つ消えていく……。
 ありがたいではないか。
 風評に踊らされ、不安や恐怖の妄想に怯えれば、ストレスホルモンが分泌して免疫力が低下するだけだ。
 いかなる時にも瞑想し、心静かに、腹を括っておく覚悟……。
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(4)
★感謝すべき楽受の日々よりも、苦しかった時期に多くの深い学びを得てきた。
 楽しいのも苦しいのも、どちらも等しくありがたいことだが、しょせん事実をそのように認識しただけのことではないか。
 常に脳内フェイクを生きてきた私も、人には真実は見られないのだ、とこの歳になり腹に落ち、心に沁みてくる……。
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(5)
★解脱した聖者でも、業が帰結する力に抗うことはできない。
 2度刺客から逃れた目連尊者も3度目は凶刃に倒れ、ブッダも怪我をしたり罵詈雑言を浴びせられた。
 病むのも死ぬのも、因縁があれば必ずそうなってしまうのが業の異熟(現象化)だ。
 因果論を心得て、起きたことは受け容れるしかないと腹を括る。
 なすべきことをなし、慌てず騒がず、瞑想する……。