「赤ん坊の頃から手のかかる子だった」・・・この言葉は幼い頃から何度も聞かされたセリフです。その言葉に私は強く反応しました。
「それはそっち側からみたことでしょう?なぜ、十分なお乳をあげられなくてごめんね、という気持ちになってくれないの?」という積年の思いがこみ上げ、それは怒りの感情に変わりました。気がつくと、お腹をすかせた赤ん坊の私が泣いている映像が頭に浮かんでくるのです。
「お母さんは、なぜお腹をすかせた赤ん坊の私のことを可哀想と思ってくれずに、自分のことばかり被害者だと思っているの?!」と怒っていました。
しかし、この「双方に被害者意識」を抱いていたということに気づいた時、自分の中に大きな気づきが生まれました。
私が一番悲しく感じた母の「お願いしますと言われても、ウチだって困っちゃう」という発言は、私自身の中にあった、「夫を失い、これから子どもたちを一人で育てて行かなければならないけれど・・・本当に自信が無い。不安だらけだ。本当にやっていけるのだろうか。」という強い不安と同じだったのだ・・・と思いました。
事故後初めて家にかけつけた時に言い放った「今まで平穏だったのに・・・」という言葉を耳にした時、不快感が広がりました。それは、我が家が母の平穏な暮らしを乱す元凶のように扱われていると感じたからです。
しかし、そう感じた自分自身の心を観た時、「どうして突然死んでしまったの?何故もっと安全確認して行動してくれなかったの?」と亡くなった夫を哀れむのではなく、厳しく責め続けている自分がいることを自覚しました。
私が嫌悪した母の発言と、自分の中にあった本音が同じものであったことに気づいた時、自分の中の怒りが半減しました。
「私は何に対して怒っていたのだろうか。自分自身の本音に怒っていたのか・・・」と思いました。母は、私の本音を感知し言葉に表していただけのように感じられました。この世で私が反応することは、すべて自分自身の中にあるものではないかと思いました。
また、私にとって夫の事故死は理不尽極まりない出来事で、無意識に大きな怒りを抱えていました。その感情はどこにもぶつけることができないものでした。(何をしても夫は戻ってこないので、夫を轢き殺した加害者に対して怒りを持つこと自体虚しいと思っていました)
「私は出口の無い怒りの感情を母相手に吐き出していたのだ。私は母に甘えていた」という思いが心を占めるようになりました。
さらに、自分の行動を振り返ってみました。すると、子供たちが探しものなどでとても困っていた時など「だらしないからだよ」と冷ややかにせせら笑っている自分の姿が浮かび上がってきました。私自身、子供が助けを求めていた時、突き放した行動をとっていたことが数多くありました。今回、そのカルマが戻ってきたという捉え方もあると思いました。
様々な視点から、母との問題を考え、当初抱いていたどす黒い感情は段々薄らいでゆき、心が軽くなっていきました。母とは年末以来、現在に至るまで4カ月の間会っていません。仲直りできたら一番良いのですが、無理して「良い子」にならず、自分の心をじっくりと観察し、自然な流れに身を任せたいと思っています。
夫が命にかえて教えてくれたことに心から感謝し、今後もさらに自分なりの理解を深めていきたいと思っています。(完)
私の瞑想体験(旧「Web会だより」 改め)