はじめに
私は長年にわたってサティを中心とするヴィパッサナー瞑想の理論と実践を教えてきましたが、「サティの瞑想をやっていくだけで本当に心が変わっていくのでしょうか?」という素朴な疑問を持たれる方がとても多かったように思います。
サティの瞑想という訓練をしていくと必ず心が変わっていくし成長していきます。ただし、それにはヴィパッサナー瞑想を正しく理解し、正確な技術で修行が実践されていることが大前提になります。瞑想が正しく実践されないと、知的理解に基づいて反応が一応変わったかのように見えるのですが、イザという土壇場になると、深層の心は何も変わっていなかったことに愕然とするものです。
心が本当に変わっていくためには、心の反応パターンが根底から書き換えられなければなりません。また常に瞑想技術がいい加減になっていないか、マンネリ化していないかもチェックする必要があります。
きちんと覚えたつもりでも、時が経つと曖昧になっていることも珍しくありません。心に少しでも疑問が生じたらそのままにせず、得心がいくまで質問して正確な技術で修行してください。そのような意味で、今回はサティの瞑想の本質について少々厳密にお話をしていこうと思います。
Ⅰ.「赦し」に含まれる意味について
1.サティの核心とその働き
まず、私たちの人生が苦しくなっていく基本的メカニズムとして、一瞬一瞬の情報がエゴによって編集され認知の誤りが生じるという問題があります。つまり、頭の中の思考や概念の世界と、事実として入ってくる情報とが混同されてしまい、結果的に認知に歪みが生じ、誤解や曲解の状態で強力に反応してしまう。これが、人生苦が発生するメカニズムなのです。自分が思い込んでしまった妄想・概念の世界と、あるがままの事実を仕分けて、正確に対象認知をすることから、サティの瞑想はスタートします。これはヴィパッサナー瞑想の原点なので、たえず確認しておかなければなりません。
しかし、さらに突っ込んだ考察をすると、サティを入れる瞬間の「認知」の構造は非常に複雑なプロセスを踏んでいます。
眼耳鼻舌身意の六門から情報が入った瞬間、脳内の記憶データと照合され「今の音は、お皿が割れたのではない。誰かがフォークを落としたのだ」などと特定され、知覚が成立しています。陶器の落下音と金属の落下音の違いが識別されているのです。瞑想者A君は「音」「聞いた」とラベリングしましたが、心の中では聞いた音の内容がフォークと分かっているのです。
一方、同じ音を聞いた瞑想者B子さんも「音」「聞いた」とラベリングしましたが、心の中ではお皿が割れたと誤認していたかもしれません。なぜなら今朝、お父さんの大事にしていた高価な皿を落として割ってしまい、ひどく叱られたのです。そのことが頭にコビりついていたので、金属のフォークの落下音を陶器と錯覚したのです。
落下音の内容を「フォークだ」「お皿だ」と特徴を識別し知覚する瞬間の働きを、仏教用語で「想」(sa???:サンニャー)と言います。「想」が成立するまでには、かなり複雑な脳内過程を経ています。過去の経験の違いや記憶データの影響を大きく受けるし、長年こだわっていることや気になっていること、劣等感、トラウマなど幾重にも干渉を受けているのです。
ヴィパッサナー瞑想はこの「想」の前後でサティを入れる訓練をするのですが、瞑想を深めていくためには、さまざまなものと網目状に関連し合った心の背景を理解することがとても大事になってきます。
サティが厳密に入れば、プツリと後続が絶たれますので、見たものは見たまま、聞いたものは聞いたまま、感じたものは感じたままで止まります。「匂った」で止まれば、ただ悪臭や芳香という事実があるだけで、悪臭への不快感も芳香に対する愛着が生じることもなく、ただ匂いが感じられたという嗅覚の経験があっただけです。
しかし、そのようにサティの本領を発揮して後続の連鎖を絶ち切っていく訓練だけで本当に心が変わるかどうかは微妙です。愚かな反応やあられもない反射的な振舞いを止めることができないので、私たちは人生を苦しくしています。サティを入れることによって、強力にそれが止められるということは、自己制御能力が飛躍的に高まり、マインドフルネスの威力が如実に検証されていると言えます。
しかし皮肉なことに、心の反応を止めてしまえば、逆に心の闇が抑圧される構造が深まってしまうこともあり得るのです。後続の反応が見事に止められれば止められるほど、意識の表に現れないのですから、誰もが各人各様の長い年月をかけて作ってきた反応パターンはそのまま温存されていることになりかねないのです。
2.事実を承認する心
情報処理した後にどう反応するかという、その反応の仕方を「反応系の心」と私は呼んでいます。その反応パターンは生まれた時から今に至るまでの経験によって決ってきますから、当然ながら人によって千差万別です。この反応パターンを根底から変えない限り、心はいっこうに変わらないし認知の歪みの修正にも繋がらないというのが私の持論です。
騒音に対して嫌悪がすぐに出てしまうような人でも、「音」とサティが入れば後続が絶たれ、それで終わってしまいます。「音」とサティが入らず「うるさいな」と心が反応してしまっても、その心に「嫌悪」とサティが入れば、やはり後続が絶たれてそれで終わりにできます。サティのクオリティはピンからキリまでですが、ただ「気づく」だけで後続を止める繰り返しでは、自動化されパターン化されて電車道のようになった反応系の心まで変えることは難しいのです。
事実と認識との混同を避けるために「あるがままの事実」に気づくこと、これがサティの最も大事な機能です。しかしこれはなかなか容易なことではありません。「気づく」ためには、「正確に認める」という背景がなければならないからです。つまり「気づく」ことと「認める」ことの間には微妙な違いがあり、大事なのは「事実を承認」すること、正確に在ったことを在ったこととして「気づいて認める」ということなのです。
自分の醜い欲の心や妬みや高慢さなど、ネガティブな現実に「気づく」瞬間、「あるがままに」が崩れやすいのです。嫌な事実には、反射的に打ち消したい心や目を背けたい心が伴ってしまい、一刻も早く厄介払いしたいような反応になりがちです。
他人の心を観察するのであれば、淡々とありのままに客観視ができるのに、自分の汚い心を観察する時には事実を正確に「承認」できなくなってしまうことが問題です。その瞬間、「目を背けたがっている」「事実なのに認めたがっていない」というサティが入るなら素晴らしいです。しかし通常は、私は立派な人間だ、というプライドを守るために、出来事の表面だけに気づいてスルーしようとするのです。
これが、「気づく」ことと「認める」ことの微妙な違いです。おおざっぱに、いい加減に気づくサティや、ネガティブな反応が立ち上がるのを阻止するためのサティは、甘いと言わなければなりません。
どうしようもない自分の実情や醜い真相をあるがままに視るのが、苦しいけれどもやらなければならないヴィパッサナー瞑想本来の仕事です。煩悩に汚染された心を浄らかにしていくのが、清浄道としてのヴィパッサナー瞑想です。
3.あるがままの事実を認める
私たちにとって、あるがままの事実を認めるというのはそれほど簡単ではありません。理由は2つあります。
まず、汚い、うるさい、臭い、まずい、痛い、など、ネガティブな情報が心に入った瞬間、必ず苦受が伴うし、その苦受を嫌い、苦を避けようとするのは反射的な本能だからです。どうでもよいことや、ニュートラルな情報はあるがままに認めることができたとしても、苦受を回避しよう、打ち消そうとする反応はストレートに立ち上がってきてしまうのです。気づくのと嫌悪するのがほぼ同時の印象で、気づいた瞬間、ラベリングしながら目を背けているかのようです。
もう一つは、エゴがあるからです。悟らない限り、自己中心的なエゴ感覚は誰にでも多かれ少なかれ残存しています。エゴがあれば、利己的になりがちだし、生存に有利な利害得失に敏感に反応します。自分に都合の悪いネガティブ情報に対しては「否定する」「無視する」「抑圧する」のは極めて自然な反応なのです。自分の利益に反しプライドの傷つく情報を「あるがままに承認する」のが容易ではないのも当然と言えば当然です。
修行をすれば心が変わっていきます。もし嫌悪したくなる情報が心に入ってきても、ただ「気づく」だけで、ネガティブな反応が起きなかったら、心の反応パターンが変わってきたことを意味するでしょう。
エゴの君臨していた心が変われば、都合の悪い出来事もそのまま認めて受け容れることができるでしょう。嫌なことも好いことも、苦も楽も、すべてを等価に眺める視点は、エゴ感覚の減少に比例して安定してきます。その時の「気づき」には、ありのままに「承認する力」が込められているのです。
どうしたら、そのようなレベルの高いサティが入るようになるのかを見ていきましょう。
4.心をきれいにする決意
サティの修行の本来の面目は、心が変わることです。心が浄らかに変わっていくことを第一義に考えているので、ヴィパッサナー瞑想は「心の清浄道」と呼ばれています。反応する心が成長していかなければ、あるがままに「気づく」ことができません。偏ったエゴの視座からの気づきや、煩悩に汚染された心を一時的に停止させるだけのサティでは、人生の苦しみを乗り超えていくことが難しいでしょう。
自然放置された心は、必ず煩悩で汚染する。これが自然の摂理です。欲望と怒りと無知な反応を繰り返していくのですから、生存がドゥッカ(苦)になるのは宿命です。
大事なのは、エゴに執着する心を手放していく覚悟です。ネガティブな現象に目を背けず、不都合な事実もありのままに受け容れて承認していく決意です。まず自分の心が汚れてしまっていることを認めることができなければ、心をきれいにしていこう、浄らかになりたい、というモチベーションも高まりません。絶対にやる。必ずそうする、と揺るぎなく決心すれば、現実が動き始め、現象の世界が変わり始めるでしょう。人は、なりたい者になっていくのです。
5.赦し
これまで多くの方々に、なぜ瞑想しようと思ったのですか?と訊ねてきました。最も多かった答えは、「現実は変えられないので、自分の心を瞑想で変えてみたかった」というものです。たいていの方が人生に躓き、苦に遭遇したことがきっかけでした。その苦しみのほとんどは、人間関係に起因するものと言っても過言ではありません。
人は、人との関係において苦しむのです。毒親に悩まされてきた人、子供のことで死ぬほど苦しんでいる人、安定した男女関係や夫婦関係が持てない人、上司のパワハラで重度の鬱病になった人、怨憎会苦の天敵にイジメ抜かれ頭髪がすべて脱けてしまった人、信頼していた人に裏切られパニック状態の人、誰にも愛されていないと自暴自棄になっている人、誰も信用できず誰ひとり本当には愛せなくなって立ち尽くす人……。人間関係という名の地獄というものが、この世にはあるようです。
心を浄らかにするのも、心を成長させていくのも、人間関係の現場で検証されていくものです。洗面所の鏡に映っているのは、ただの顔です。眼や鼻や口が並んだ顔面です。人は、人間関係という鏡に映さなければ、自分自身の姿が見えないのです。
ここからは人間関係を中心に、心の成長を考えていきましょう。心が成長するとは、ひとことで言えば、「子供から、大人になる」ことです。いい歳をこいて、小児的エゴイズムを乗り超えていない人は、人間関係で苦しむでしょう。お子様の視線では、ものごとがあるがままに見えようはずはありません。
では子供から大人になるというのはどういうことでしょうか。それは、愛される側から愛する側になることであり、癒される側から癒す側になることです。多くの女性にとって、子供から大人になる劇的な瞬間は、母になることでしょう。真の母性は、ただ限りなく与えることに無上の喜びを覚えます。もらうばかりだった子供が、与える側、愛する側、守り導く側になるのが、大人になることです。子供から大人になっていくとき、ものの見方が変わり、心の編集の仕方が変わっていくのです。
もうひとつ、私が強調したいのは「ゆるし」ということです。「ゆるし」ができるということは、大人の証しだと言えるでしょう。ゆるせないものが、ゆるせるようになっていく時、人の心は成長し大人になっていくのです。
この「ゆるし」を私は「赦し」と書きます。「許し」という字もありますが、これは許可を求める時の用語で、「赦し」は赦免や恩赦という言葉があるように、基本的には「罪をゆるす」というような意味で用いられています。しかし、ここでは罪だけに限定せず、「嫌なこと、否定したいこと、マイナスなこと全般をゆるす」という意味で使おうと思います。ネガティブなことが発生してしまい、不快極まりない嫌なことなのだが、それを「ゆるす」ことができるか、ありのままに受け容れることができるか……という意味で「赦し」について考えてみましょう。
赦しがたいものをゆるし、受け容れることができる時、心は成長しています。認知が変わるからです。自己中心的なものの見方を断じて変えずに言い張っている限り、赦しがたいものがゆるせる筈はありません。赦せないものがゆるせるのは、認知が変わるからです。お子様の認知が、相手の立場もわきまえ、情況全体を俯瞰する客観的なものの見方に変わるので、受け容れることができ、ゆるすことができるのです。
ゆるせない!と息巻いているとき、心の中には怒りがあり、葛藤があります。幸せではありません。しかるに、全てを水に流し、ゆるすことができたなら、安らぎや解放感が得られ、幸せになれると言ってもよいでしょう。
赦しができるということは、認識革命を起こすことであり、自己変革にもつながっています。嫌悪すべき他人をゆるすのも、極めてネガティブな情況を受け容れてゆるすのも、結局、自分の心や認知の仕方に変化を起こしていくことです。
したがって、ゆるしの修行は、まず自分自身を赦すことが一大事であり、最初に取り組むべきタスクになります。自分のことが100%大好きで、自己陶酔しているおめでたい人もいますが、少数派です。自己嫌悪にまみれたことのない人は一人もいないでしょう。失敗したことのない人も、やり直せるものならやり直したい痛恨の過去がない人も、おりません。過去に束縛されていない人はいないのです。
過去から完全に解放されたなら、人生苦の大半は消えていくでしょう。ネガティブな過去の出来事や、忌まわしい記憶にいつまでも縛られているのは、エゴの立場からの認知が変わらないからです。起きてしまった事実は変えようがありません。それを否定し続けて苦しむか、認知を変えて受け容れる「ゆるし」の修行をやり抜くかです。ネガティブな過去を受け容れるということは、真の自分を受け容れることにつながる行為です。人生苦の元凶のひとつ、怒りの煩悩から根本的に解放されていくためにも、最も重要な取り組みと言ってよいでしょう。
Ⅱ.「赦す」ということ
1.自分を受け容れることができなかったマリリン・モンロー
以前マリリン・モンローの伝記的なドキュメンタリーをテレビで見たことがあります。晩年のモンローに精神分析をしていた方の手記をもとに、生涯を映像化した番組だったのですが、彼女の生涯は幸福とは言えなかったのではないかという印象を受けました。
有名な女優になって多くの男性と浮名を流したりしましたが、あまり幸せに満ちてはいなかったようです。それはやはり過去が乗り超えられず、結局、自分自身を受け容れることができなかったマリリン……という言葉で括れるように思えました。
その番組とはまた別に、1954年にアメリカ大リーグのプロ野球選手ジョー・ディマジオと結婚し、新婚旅行を兼ねて来日した時のことを中心にしたドキュメンタリーを見たこともあります。
二人は1年足らずで離婚してしまうのですが、このジョー・ディマジオは、後年モンローの葬儀委員長までして、死ぬまで彼女のお墓に花束を欠かさなかったという、ほんとうに誠実な人であったようです。この人とうまくやれたら、また別の人生もあったのかな……という感慨も覚えます。
二人の来日は読売ジャイアンツの招きでしたので、ディマジオには野球の仕事があって、ちょっとモンローはほったらかしにされていたのですね。その時は朝鮮戦争の最中で、折しもマリリンに韓国軍を支援して戦っているアメリカ軍のところへ慰問に行ってくれという依頼がありました。彼女は暇だったので、すぐ近くということもあって慰問に出かけました。夫は猛反対したのですが、それを振り切って夫を置いて行ってしまったのです。そのことがきっかけとなって彼女の人生が変わってしまうのですね。
どう変わったかというと、彼女は亡くなる直前まで次のように言っていたそうです。
「私の人生の最高の瞬間は、その1954年2月16~19日、韓国在留アメリカ第54師団の何万人もの兵士達の熱い視線を浴びながら、壇上で歌を歌い、慰問のショーを行なった時……。それが最高の瞬間だった」と。戦場ですからね。そこへ慰問に行くと何千、何万という兵士全員が、たったひとりのグラマーな女性であるマリリンを注視しているわけです。もう何カ月も母国の女性を見たことがない、若い男性兵士の全ての注目がただ一人彼女に注がれているわけです。自分という存在が熱烈な視線を浴びているその時の痺れるような感動、それが最高の瞬間だったと言っているのです。それまでは女優を辞めて、ディマジオと幸せな結婚生活に入るつもりでいたらしいのですが、結果的にはまた芸能界に戻って女優として生涯を終えることになった、まさに人生のターニングポイントになった出来事だったそうです。
2.強い承認欲求
なぜマリリンは、幼い頃からの夢でもあった、ささやかで幸せな結婚生活の可能性を捨ててしまったのでしょう。不特定多数の華やかな喝采と強烈なスポットライトを浴びる、まばゆいばかりのステージの陶酔と、人が去り、ライトが消え、独り取り残される虚しさと寂しさに突き落とされる、まさに痺れるような陶酔といたたまれない虚しさを繰り返しながら、30代で孤独に謎の死を遂げていく人生を選んでしまったのでしょう。
マリリンの私生活では、次のようなことも分かってきました。
彼女は、誰と会う時にも遅刻をしていたそうなのです。友だちであろうが目上の人であろうが、仕事関係であろうが先生であろうが、必ず遅刻をするのだそうです。なぜ遅刻するのかというと、「遅れても待っていてくれるのは、私を愛してくれている証拠なのだ」というのが彼女の言い分です。「私を受け容れてくれている証し。私を愛してくれている確証を得る」ためにわざと遅刻をしていたそうなのです。
それを精神分析医に「違う」と診断されました。「遅刻することは相手に対して『あなたは嫌い』『あなたを否定する』『認めない』というメッセージを送ることなんだ」と分析医は言い続け、結局彼女はそのことを受け容れて、その後遅刻はしなくなったそうですが……。
つまり、自分の存在をどうしても確かめずにはいられないのです。自分に関心を寄せてもらいたい。自分の存在を承認してもらいたい、という強い自己承認の欲求があったわけです。それが、韓国での何万人もの兵士を前にした、あの「人生最高の瞬間」につながっているということです。
3.愛されなかった生い立ち
そのようなドキュメンタリーでしたから、生い立ちについても触れていました。
彼女の母親は精神病を患っている人だったので、通常の親子の愛情をあまり受けられず、結果として母親に愛されなかったわけです。孤児院にいた一時期もあったり、里子に出されてあちこちたらい回しになっていたこともあります。その当時のアメリカは里子を受け容れると補助金が出るので、その補助金目当てに引き取る、そういう家庭が受け入れ先となっていたのでは、決して優しく愛されたわけではなかったでしょう。
そのような事情から、彼女の生い立ちにはまともな愛情をもらえなかった辛い背景がありました。自分を丸ごと愛してくれる優しい親に守られながら、自分の存在が完全に受け容れられている感覚。これが健全な生育環境であり、幼い子供はそうした安全基地の中で自分の存在を肯定することができるし、この世界にいて良いのだ、生きていてOKなんだ、と安心して自尊感情が育まれるのです。
それが得られなかったら、当然のことですが、自己評価が非常に低くて自分に自信が持てなくなるでしょう。ここにマリリンの悲劇の原点があったように思われます。自分の存在を絶対的に肯定してくれるものを常に求め続けてさまようという、「愛着障害」特有の心の渇きがどうしようもなく強くなるという事情がありました。
4、代償は本質的な解決にならない
彼女は女優として必死で頑張って、やがて人気が出て世間の注目と喝采を浴びました。それこそ何万人もの男性の熱烈な視線がマリリンひとりだけに注がれるというトップ女優ですから、数え切れないくらいステージの上で喝采を浴びる陶酔を繰り返してきたことでしょう。しかしそれでもなお、自分の存在を認めてほしいという彼女の心の渇きは続いていたと私は見ています。
麻薬のように強烈な快感に酔いしれても、壇上のスポットライトのまばゆい陶酔は、マリリンの求めていた安全基地になろう筈はなかったのです。おそらく彼女は、自分が必死で求め続けているものが何なのか自覚していなかったのだろうと思われます。自分の存在を丸ごと受け容れる絶対肯定こそ、彼女に必要不可欠なことだったのですが、万雷の喝采と眩しい光を求めてしまっていたようです。その瞬間の、自分の存在が爆発的に求められているような陶酔感が錯覚させてしまったのでしょうか。喝采はたちまち消えていき、観客は自宅に帰り、マリリンが独り取り残され、どうしようもない寂しさに陥っていく……。
なぜマリリンは自分を乗り超えることができなかったのでしょう。それは、真実の自分に向き合うことができなかったからではないかと思われます。
普通であれば、可愛い盛りの子供時代に、自分を絶対的に受け容れてくれる親や家族に守られ、その安全基地となる存在を通して自己に対する肯定感が形成されていきます。自分を完全に受け容れ、肯定しきる心理的体験は、たとえそれがうまくいかなかったからといっても、他のものでは代償にはなり得ないのです。
もし代償で取って代われるものなら、爆発的に自分を求めてくれる眩しい喝采を浴びることで彼女の心の渇きは完全に終わりにできたことでしょう。しかし喝采は本質的な解決になりませんでした。彼女の人生が喝采を求める繰り返しだったことはそのことを示しています。
彼女に必要だったのは、喝采ではなく、生い立ちから今日までのすべての自分を受け容れることだったのです。しかし、自己肯定感の乏しいマリリンが独りでその難事業をやり抜くことなどできるはずもありません。だからディマジオのような誠実で、実直な、決して裏切らず、どんな時にも彼女の安全基地となってくれる存在に助けられなければならなかったのです。
それがマリリンに必要な真の「代償」でした。十分に愛され、助けられ、心底から自分の存在に安心できる体験を重ねなければならなかった。そして次に、自分が他者に手を差し伸べ、弱き者、苦しんでいる者、傷ついている者を自ら救い、救われた者の喜ぶ姿を眺め、共感し合い、感謝される利他行の体験をしなければならなかったのではないか……。その自己回復物語をやり遂げることができずに、喝采の虚しさを繰り返しながら、自殺なのか他殺なのかも不明な30代での孤独死で人生の幕を閉じてしまったのではないでしょうか。
5.自分を赦せない
ネガティブな経験も含めて過去の全てを肯定し受け容れることが、「ゆるす」ということです。しかしそれはなかなか容易なことではありません。どうしても受け容れられないものが残るのです。ではその赦せない対象は何なのでしょうか。いろいろ考えられますが、今回テーマとしている人間関係で言えば、やはりすぐに浮かんでくるのは身近な存在です。
人間というのは、利害や関係性などの距離感の遠い人とはあまり争いを起こさないものです。逆に、近くなればなるほど深く愛し合いもするが、嫌悪や怒りをぶつけ合うハードルも低くなります。何かをきっかけに争いが起きて「絶対赦せない!」となるのは、だいたい家族や身内、親友など、これまで親しい間柄だった人が多いものです。身近な人ほど関係が濃密になり、結果的に可愛さ余って憎さ百倍、近親憎悪ほど激しさを増すことになるようです。生きていく上で最も大切な家族の全員と、完全に和合し、仲良く、お互いに愛し合い、受け容れ合っている……。そんな人がどれほど存在するでしょう。おそらく少数派ではないでしょうか。
誰でも親との間で、夫婦の間で、兄弟の間で、子供との間で、なんらかの問題を抱えています。完璧にお互いの存在を受け容れ合っている睦まじい関係性を保つのは容易なことではありません。本音と本音をぶつけ合う、近しい存在ほど難しいのです。そうであるなら、最も近くて最も受け容れずらいのは誰でしょうか。それは「自分」です。能力、容姿、身体的特徴、家庭環境、あるいは過去に自分が犯した失敗や痛恨の過ちなど、つまりは自分自身の過去と現状が赦せない、受け容れられないという否定的感覚を持っている人がとても多いのです。
6.執着と自己中心性
では、なぜ「赦せない」のでしょうか。それは、心の中に「怒り」があるからです。そしてそれが「執着」となっているからです。
怒りというのは一度発散するとあとはケロッとして一過性の場合が多いのですが、赦せないという時には怒りが持続しており、その怒りに執着していることを表しています。この執着して頑張っている心を、仏教では渇愛のエスカレートした強烈な執着、「掴んで放さない」という意味の「取」(upādāna:ウパーダーナ)という煩悩として捉えています。
さらに、自己中心性の問題があります。赦せないというのは、自分の立場や自分の価値観から眺める視座を断じて手放さないということです。誰がそうしているのでしょうか。その後ろにはエゴの問題が横たわっています。
つまり、過ぎ去った過去にとらわれ、自己中心的な見方に固執し、一方的な視座から怒りを再生産させているため「ゆるす」ことができなくなっているのです。(続く)